第12話 謎の尾行者の委託 ①

 放課後、部活が終わるとライトは駅前本屋にやってきた。


 午後の授業は上の空だった。

 葉月は優月ゆうづきの妹だった。それは、数多くの新たな疑問を呼んだ。


 優月は自分のことを月人つきじんだと言っていた。

 一方で葉月は神宮寺家の人間である。

 なぜ葉月は優月を姉と呼ぶのか。神宮寺の人間は、実は月人なのか。


 自分は今二年で、葉月とは同級生だ。

 もしも彼女が月の心オツキハートを見ることができるなら、なぜ今まで黙っていたのか。そしてなぜ今、このタイミングで、学外でひっそりと会おうとしているのか。


 葉月が、葵唯あおいと美波に話す形を取って亮に聞かせた、人類への災禍との関連。


 そしてやはり、一番気になっているのは優月のことだ。

 優月が葉月の姉だというならば、同じこの町に住んでいるはずだ。なのに、なぜ彼女とは今まで会うことができないのか。大切な月の心を託したままでいるのはなぜなのか。


 亮は、もしかすると優月に会えるかもしれないという淡い期待も抱いていた。


――悪いな隆嗣りゅうじ、でも、何としても神宮寺葉月に会って、確かめたいことがあるんだ。


 亮は思い切って、書店に入った。


 四階に上がり、裏側から数えて第三と第四の本棚の間にある通路にやってきた。そこは歴史分野の英文辞書や参考書が並ぶ棚で、立ち寄る人が少ないエリアだ。


 亮は通路に立って、配架された本の背を見るふりをして、MPディバイスを開き時刻を確認した。


17:45


――15分後か。早めに来たが……。


 そう思った時、背後に人の気配を感じた。振り向いた亮の三歩先に、痩せた男が立っている。


 65を超えたくらいの男は、髪が短く、白人に近い肌の色をした、皺のある顔をしている。細身の体にフィットした黒い上着の襟には、何かバッジが光っている。ワンレンズの黒塗りメガネも、冷たい青や銀の光を帯びていた。


「少年、そのペンダントはあなたの物ではないな?」


 一瞬、神宮寺家の執事か使用人かと思ったその男の言葉遣いを聞いて、亮は警戒心を強めた。


「お前、ずっと俺を狙ってる連中か?」


「否定はせんが、あなたを見ているのは複数のストラクチャーだ」


 長年尾行され、脅迫を受けてきた日々。思いストレスの挙げ句、病死した母。それら全てが思い起こされ、亮はとうとう接触してきた目の前の男を、獰猛な目付きで見た。


「お前ら……俺をどうするつもりだ」


「私はあなたと揉めるつもりはない。私は皇月こうづきの使徒だ」


 亮は自分を狙う者の正体について、これまで何度も考えてきた。まさか皇月の使徒とは思わなかったが、そう聞けば合点のいくこともある。自分や家族の人生を狂わせてきたことへの怒りが湧きあがるのは止められなかったが、亮は努めて冷静に応じた。


「皇月の者か。今になって俺のところへ来たのは、やっぱりこのペンダントを取り戻すためか?」


「いえ、月の心は姫様があなたに預けたもの。私たち親王派は、彼女の意志を信じるつもりだった」


「つもりだった?」


「我らの姫様は、長い年月に渡り月読つくよみの民により軟禁状態にある。彼女を私たちと会わせず、話もさせぬ。さすがにそのやり方は認められん」


 優月の置かれている状況を知り、亮は目を白黒させた。


「優月が……軟禁?!誰に?」


「月読の民の代表でもある、神宮寺家にだ」


 亮は言葉を失った。

 頭の中には東屋あずまやで話していた葉月たちの会話が思い出される。

 葉月が優月を姉と呼ぶことには違和感があった。

 そして、人間を滅ぼすという月からの災禍。

 そこまで考えて亮は、神宮寺家が優月を軟禁しているのは、災禍を止めるための、皇月との交渉材料なのではないかと思った。

 

「続きは後で話したい。どうしてもあなたと会って話をしたい方が別の場所にいる」


「悪いが先約がある。話があるならその後にしてくれ」


 葉月が呼び出した理由も気になっている亮は、どちらを優先すべきか混乱しながらも、男の話だけを鵜呑みにはできないと判断した。


「それなら、場所のデータをあなたのディバイスに送っておこう」


 男がそう言ってすぐ、亮のディバイスに着信音が鳴り響いた。


「真実の全貌を知った方が、あなたにとって有利なはずだ。では、私たちは約束の場所で待っている」

 

 葉月と勇真が時間通りに着くと、ちょうど男が本屋を出て行くところだった。二人はさっと対面の小路に退避し、隠れながら状況を確認した。

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