第10話 財閥令嬢の悩み ②

「わぁ!葉月さまのお弁当、今日も彩り豊かで素敵ですね」


 テーブルに広げられたお弁当のなか、ひときわ目立つ三段の重箱が葉月のものだ。黒豆の甘煮や卵焼き、三種の巻き寿司といった和食からフライドチキンまで、12品のおかずがキラキラと輝き、食べるのが勿体ないくらい美しい。


「ええ、ついたくさん作ってしまったので、お二人もどうぞ食べてくださいね」


「はい。私の作ったサンドイッチもどうぞ召し上がってください」


「ありがとう、栄養までよく考えられた素晴らしいチキンサンドですね」


箱詰めのサンドイッチを見ると、葵唯あおいは自分のお弁当を持ち上げて葉月に差し出す。


「葉月さま、よければ私のハンバーグ弁当も召し上がってください。副菜は煮込みすぎて形が崩れてしまっていますが……」


 楕円形の可愛らしいお弁当箱を見ながら、葉月は誠実に応える。


「葵唯さんはいつも味付けがお上手ですよ。もっと自信を持ってください」


 まるで彼女のものと決まっているかのように、この東屋はよく葉月が使っている。美波と葵唯は必ず付いてくるし、日によっては他の女子が増える時もある。


 芝生に寝転がっている亮は、声一つ上げず、彼女たちがいなくなってからこの場所を離れると決めている。おそらく彼女たちは、亮の存在に今も気付いていないだろう。


 穏やかな会話と食事が続き、各々の弁当も減っていく。だが、美波と葵唯は、重箱の中身を食べ進めているのは自分たちばかりだということに気付いた。


「葉月さま……?食欲がありませんか?」


 美波が箸を止めて聞くと、葵唯も心配そうに続けた。


「どこかお具合でも悪いんですか?」


 葉月はわずかに首を横に振った。


「そうではありません」


 否定はするものの、憂鬱そうな表情は変わらない。


 美波と葵唯は顔を見合わせた。


「葉月さま、最近少し、笑われることが減ったように思うんですが……」


 美波に合わせるように、葵唯が引き継ぐ。


「何か、お悩みでもあるんですか?」


 葉月は少し俯きがちになり、重箱に残ったおかずをじっと見つめる。


「人類は、滅ぶのかもしれません」


 突然の深刻な告白に二人は動揺した。


「そんな、どうされたんです?何か予言でも聞かれたんですか?」


「予言なんかじゃありません。近い時期に災禍が起こります」


「災禍って、地震とか、隕石とか、太陽風に襲われて地軸が反転するとか、そういうことですか?」


 葵唯が少し不安そうに言うと、美波は楽観的に答えた。


「葉月さま、今の科学技術なら、どんなに強い地震でも耐えられます。隕石だって地球に届く前に宇宙兵器で撃破できますし、人類は地球で起こりうるほとんどの自然災害を克服しています。まあ……太陽風のクラッシュについては無効化シールド衛星の開発中ですが、もしそれまでにクラッシュが起きたなら、それはもう、人類だけの問題ではなく、地球上の生命体がすべて絶滅するようなものでしょう?」


「いえ、災禍のきっかけは私たち人類です。……人類がこれ以上、環境破壊を続けていれば、じきに災禍が下されます」


「さすが、葉月さまはお優しいですね。自分のことだけでなく、人類のこと、地球環境のことまでご心配なされているなんて」


 葵唯は少しホッとしたが、葉月の顔は曇ったままだ。葉月の悩みが少しでも溶かせればと、葵唯は災禍について詳しく訊ねる。


「それで、災禍とは具体的にどんなものなんです?まるで誰かが人類に対して罰を下すようなお話ですけれども、それなら止めることも可能なのではないでしょうか?」


「月から撃ちだされる光が、人類の作り出した全てを燃やし尽くします」


 それを聞くと、葵唯と美波が目を丸くした。


「月ですか?!」


「で、でも、月なんて何もないでしょう?そんな宇宙兵器があるなんて、フィクション映画みたいな話じゃないですか」


 大戦が終わり、新暦になって一世紀が過ぎた。人類の科学技術は飛躍的に進歩したが、月に対する認識はというと、前世紀の人類の常識とほとんど変わっていなかった。極寒と酷暑を繰り返す月には空気も水もなく、文明も生物の気配もない。何もない死の世界、それが月だ。


「フィクションではありません。かぐや姫だって、あれはおとぎ話なんかではない。私はお姉さまから何度も聞かされています。月には人類と同じように知恵を持った種族が暮らし、彼らは宇宙からいつも地球を見守っている。彼らは地球の全ての命を守っていますから、人類がそれに反することをすれば、罰を下します」


 常識を度外視した葉月の話を聞いて、美波は百歩譲ってもまだ信じきれないと思ってしまう。


「お姉さまっていうのは、キャサリン先生ではなく、もう一人のお姉さまのことですか?」


「そうです、お姉さまの言葉を、私は信じています」


 それがただの妄言でないことは、葵唯にはわかった。

 こんな話を一般人がしても誰も信じない。だが、葉月はあの神宮寺財閥の令嬢だ。信憑性は一気に高まる。


「葉月さま、そのお話、もしや連邦政府が一般人には開示していない、トップシークレットファイルの情報ですか?」


そう訊ねる葵唯の顔には、心なしか興奮の色が見て取れる。


「ええ、おそらく、政府の中でもキャリアしか知らないでしょうね」


 トップシークレットファイルは、政府のキャリア層のほか、少数の権力者にしか知らされることはない。バラエティ番組などで都市伝説的に扱われることもあるが、そこには必ず多少の嘘が混ぜられ、一般人が信じることはないように情報のすり替えが行われている。


 美波はようやく葉月の言葉が事実であると受け入れはじめていた。


「超能力の存在も公認された世界ですからね……。私たちの知らない種族が月にいても、おかしな話ではないですよね」

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