ぼくはバニーちゃん
ナキ
ぼくはバニーちゃん
突然、体が軽くなった。
大きな手がぼくの腕の下に回り込み、そのままぼくを持ち上げた。ぼくは宙に浮いていた。夢心地だった。こんな気持ちは久しぶりだ。
ぼくはそれまで、暗い暗い闇の中でひとり、蹲っているだけだった。どれだけの間ひとりだったのかは覚えていない。思い出せないほど、長い時間だったような気がする。それでも寂しいとは言わなかった。今まで一度だって言わなかった。声に出すと、現実味を帯びていっそう惨めになると思ったから。何より、声に出してもしじまに響くだけで、聴こえるのはぼく自身だけだから。
ぼくの視界は一気に明るくなった。久しぶりの光はぼくには眩しい。そしてすごく温かい。大きな手をしたその人はぼくをバニーちゃんと呼んで、色々なところへ連れて行ってくれた。ぼくからすると目に映る全てのものが新鮮で、輝かしくて、その人と同じ景色を見られる時間が限りなく幸せだと思った。
ぼくはその人とたくさんの時間を過ごした。その人はクッキーが大好きで、ぼくを座らせるとその前にお皿を出し、クッキーをばらばらと出した。ぼくはその人が美味しそうにクッキーを食べる姿を見るのが好きだったから、あまり食べなかった。たまにその人はぼくを心配して、ぼくの口元にクッキーを突っ込んできた。
ぼくの口元がクッキーの粉まみれになると、その人は大笑いして、ぼくをお風呂へ連れて行った。ぼくはお風呂はあんまり好きじゃなかったけれど、洗濯へ連れて行かれるよりは断然ましだった。たくさん一緒に遊んだあとは、ふかふかのベッドで一緒に寝た。その人は寝相が悪くて、度々ぼくの体にぶつかってはぼくをベッドに落とした。落ちたことに気づくのは翌朝だったけれど、ぼくはそれが楽しかった。
ある日、ぼくはその人に連れられて、隣町の家に行った。その家には、大きな手の人と同じくらい大きな人と、さらに大きな人がふたりいた。どうやらみんな仲がいいようで、普段ぼくとしているような遊びを、その日は大きな人としていた。
ぼくはただそれを見ているだけだった。羨ましかったのと、つまらない気持ちが交互に押し寄せてきて、早く帰りたくなった。家に帰れば、またぼくと遊んでくれると思ったから。
ところがその日の夜、信じられないことが起きた。ぼくは大きな手のその人と一緒に、帰られなかった。ぼくのことを忘れたのか、それとも要らなくなったのか、どちらにせよ、ぼくはかつての暗闇にまた放り投げられた気持ちになった。
あんなに一緒に遊んだのに。
あんなに好きだったのに。
こんなの、あんまりだと思った。
あんなに楽しそうに、ぼくと過ごしていたのに。
それなのに、おかしいよね?
ぼくを置いていくなんてさ。
なんでそんなことをするの?
外に出られたことがどんなに
嬉しかったか君にはわかる?
わからないだろうね、だって
きみは暗い世界を知らない。
そう、きみは知らないんだ。
だからぼくが教えてあげる。
暗闇の怖さや苦しさも全部。
声を上げても届かない辛さも
独りぼっちになる寂しさも。
あの時教えてくれたみたいに
ぼくも君に教えてあげよう。
さよなら、ぼくの愛しい人。
5歳児の少女が喉に大量の綿を詰まらせて死亡した事件が起きた。少女の近くには中身のないうさぎのぬいぐるみが残されていたという。そのぬいぐるみは彼女の遺体と一緒に燃やされたという噂だが、実際は修復されて誰かの手に渡っているという話もある。もしお手持ちのぬいぐるみのタグに「ばにーちゃん」と書かれていたら、気をつけた方がいい。
ぼくはバニーちゃん ナキ @Natsuki0727
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます