第9話【ゲームの世界だとして】



◇ゲームの世界だとして◇


 メイドのドロシーと、少しだけど会話をした。

 3作目の設定資料に書かれていた内容通り、彼女は戦闘に興味……というか、ある目的の為に戦いに身を投じようとしている。

 それはまだまだ先の未来になるけど、その為には僕……アルベルト・リヴァーハイトが彼女に剣技を教えなければ始まらない。


 当然のように、僕は剣技なんて使える訳ないけど、ゲームの設定は崩したくないし……と、そんな事を考えていると。


「あーー!!いたぁーーー!」


「……げっ、ラフィリア……ね、姉さん」


 ラフィリアに見つかってしまった。

 小さな身体で水桶を持ち、汗を掻いて僕を探してくれていたようだ。

 凄いな、汗まで再現されている……これ、もうどこからゲームなのか分からなくなるよ。い、いや……それは現実逃避かな。

 紛れもない、この身体はアルベルト・リヴァーハイトの幼少期なんだ。

 しかし魂は、日本人――笹鷺さささぎ幾太いくた


 そんな区別のつかない僕に、いったい何が出来るんだろう。

 ゲームのシナリオを忠実になぞるなら……僕は死んでしまうんだから。

 大好きな原作の世界に身を投じて、死にたくない、だけど設定を崩したくないという葛藤が、僕の胸に溢れていた。


「ほらもうっ!なんで抜け出してるいるのっ、まったくー」


「あはは……じゃ、じゃあねドロシー、また話そう」


「……はい、坊っちゃん。実りのあるお話でした」


 深々と、僕たち二人に頭を下げるドロシー。

 金髪の長いツインテールが揺れ、床にまで垂れ下がる。

 ラフィリアに引っ張られて廊下の角を曲がるまで、彼女は頭を下げ続けていた。




 そして、見事にラフィリアに捕まった僕は、部屋に連れて行かれる。

 屋敷を少し見て回った結果、部屋の構造もゲームと同じだった。資料通りの作りで、部屋の数も設置されてるオブジェクトも大体同じだった。


 ただ違うのは、ゲーム開始前という事なのか……足りない物が多いという事。

 この異世界がゲームの世界だとして、やっぱり僕は本当に転生を……つまり、死んだという事なのかな。


いてっ」


 ベチョン――と、額に当てられる。

 濡れたタオルだった。いや、濡れ過ぎだよ……絞った?


「まったく、今日はいつもと違って落ち着きがないね、アルは」


 すみません、多分中の人のせいです。


「えっと、なんだか落ち着かないんだよ……」


 それらしい事を言っておこう。

 流石にゲーム開始前の会話は知らない。というかシナリオライターさんもそこまで考えてないでしょ。回想とかのシーンはともかく。


「――あ、やっぱり?」


 あれ、なんか上手くいった。

 そんな僕のラッキーに対して、ラフィリアは気にもせず嬉しそうに続ける。


「ふふふっ……なんたって明日、王都からルクスが、ルクス・ファルシオンが帰ってくるのよ!!」


「――え!?」


 ラフィリアは両手に腰を当てて、満面の笑みで言った。

 そ、そうか、そうなんだ。

 ラフィリアが言うルクス・ファルシオンというのは、何を隠そう……【ギャラクシー・ワールド・ソウルズ】の1作目、その主人公だ。


「……そっか、ルクスが」


 何だか途端に嬉しくなった。

 自分たちが憧れた、この星を救う最強のヒーロー。

 自分が仲間キャラ……アルベルトに転生したのなら当然、その幼馴染である彼も存在するに決まっている。


 だけど、数年後……アルベルトとルクスはその道を分かつ。

 共に世界を救うと約束をしながら、アルベルトは……皆を裏切るんだ。

 出来れば、ゲームのシナリオ通りに展開して欲しいところだけど、僕は知りたい……この世界が、本当に【ギャラクシー・ワールド・ソウルズ】の世界なのか。


 そう思えばこそ、僕は見てみたい……彼ら彼女らが、世界を救うその瞬間を。

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