第33話

「いやー! 井上君、よくぞやってくれました。あなたは、まさしく日本への愛国心の鏡です」

 堺市庁舎に現れた独立愛国党の党首が和磨に言った。

「いや、私は、そのような精神論でやっているのではない。私は愛国主義者ではない。ただ、現在、日本の主権がアメリカに一方的に奪われ、日本人の人権が蹂躙されている。そもそも、愛国心の高い人間が、どうして偉いなどと言えるのか?」

 そう言われた和磨に、顔を曇らし、どう答えれば良いか分からないと言った風の党首。

「どうも、君とは、上手く会話ができないようだな……」


 アメリカのいくつかの地方都市、ここでも背中の光る人が現れていた。発病した人々の多くは、何らかのトラブルを抱えていて怒りをこらえきれない人々だった。怒りに苦しむ彼らは、地元の病院に搬送され、そして隔離された。

 同時期に、チベットやウイグルでも背中の光る人々が現れはじめていた。

「中国が憎い……」「中国が憎い……」彼らは、そう言いながら見悶えていた。


 香港で収監されているマギー・ホンの背中も赤く光り始めていた。独房の中、ベッドの上で悶え苦しむマギー。それに気づいた看守が長官に連絡する。

「大変です。ホン・シー・ハンの背中がピンク色に光り始めました。どうします?」

「まだ、何もはっきりしたことは分からないからな……。とりあえず、そのまま留置しておけ。このことについて、外には一切漏らすな」

「了解しました。北京にも報告せずでいきますか?」

「ああ、そうだ」


 真太と村田は、アメリカ軍から盗んだジープでアメリカを横断していた。大草原の中に続く一本道を走る二人。村田が真太に聞いた。

「これからどこに向かう?」

「このままルート66を東へシカゴまで進もう。そして、そこからイリノイ州のスプリングフィールドに行く」真太が言った。

「ああ、お前の両親のいる町だったな」

「そうだ。心配しているかもしれないからな。とりあえずは元気な姿を見せとかないとな」

「ところで、お前のモンスターだけどな……、どうして人を食わないんだ?」

「そりゃーな、俺が絶対に人間は食わないように言ってあるからだよ」

「そんなことで、人を食べないようにできるのか?」

「いや、分からないけどな……。でも、俺は彼女がメタモルフォーゼしているときにそう懇願したんだ」

「ふーん。……で、彼女、今度はどこに現れるんだ?」

「真理亜のターゲットは、アメリカとかアメリカ人ということではないと思う。自分の母親を奪い、自分の身体を傷つけたアメリカ軍およびサンダースだ。だから、彼女の攻撃対象は、軍の施設とサンダース本人に絞られている。そうだとすれば、次に真理亜が現れるのは、東海岸のフロリダあたりかな」

「フロリダかー」

「そうだ、次にサンダースの支援者集会が開催される場所だ」


 車内のラジオ。ニュースが流れて来た。

 アメリカのニュース番組、キャスターがドナルド・トランプ沈没事件についての新たな情報を伝えていた。

「ここで、空母ドナルド・トランプについての新たな証言を得ました。この空母は、横須賀を出港した後、東京湾付近で一名の女性ジャーナリストを救助していた模様です。救助に当たった乗組員の証言によりますと、その付近には日本の東西新聞社のヘリの残骸が散乱しており、彼女は、この会社に属していた可能性があるとのことです」

「いよいよ、俺たちのこともばれるかな?」村田が言った。

「さて、次に世界各地で光り始めている人々についてのニュースです。背中が青や赤に光り始めた人たちは、これまでにアメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパの各国で確認されています。その発症数は、現在、指数関数的に増加しており、それがウイルスによるものであることが考えられます。これが、いわゆる大戸島で発見され、青島で拡散した御神乱ウイルスであるかどうかは、今のところはっきりとはしていませんが、発病した人達は、何らかの怒りを覚えていたとの報告があります」

「大変なことになりそうだな」真太がそう言った。


 アメリカの高校で銃乱射事件を起こした加害者の少年を裁いていた法廷内、加害者の少年は、法廷内に乱入してきた複数の御神乱に襲われた。殺された少年少女の身内がメタモルフォーゼした御神乱らしかった。

 他の法廷内でも、同じようなことが起きていた。黒人を撃った警察官が裁かれていた法廷では、被告の警官が複数の御神乱に食い殺されるという事件があった。当然、法廷から逃げられなかった傍聴人や検察官なども御神乱の餌食になってしまい、法廷は血の海と化した。

 学校でもいくつかの事件が起きていた。特定の生徒をいじめていた不良グループは、御神乱となって学校に登校してきた生徒に食い殺されていた。慌てて家から銃を持ち出してやって来た父親たちや警官が応戦したが、皆食われてしまった。その日、学校は地獄の様相を呈した。

 その他、アメリカ各地の病院、バー、工場、スーパーなどで御神乱による事件が多発し始めた。


「危ねえだろーが! どこに目えつけてやがるんだ?」車の運転手が叫んだ。

アメリカの西海岸を走るハイウェイに躍り出て来た御神乱。走行中の多数の車が急ブレーキをかけてスリップし、そして追突しあった。炎に包まれる自動車。

 御神乱は、中央分離帯を超えて反対車線に出て、さらに車を破壊しはじめていた。


 アメリカ各地のストリートでは、御神乱が闊歩している場面が見られた。人々は、ちりぢりになりながら路地裏に逃げ込み隠れた。また、ある者はビルの横に設置してある非常階段に飛び乗って逃げた。しかし、御神乱は、路地裏だろうがビルの屋上だろうが待ち構えていた。


「ウワーーーー!」「キャー! 何これ」「食われてる。食われてる」「人を食ってる!」「電車を止めて―!」「ドアを開けろー!」ニューヨークの電車の車内で人々が叫んでいた。電車の窓は、ところどころ赤くなっていた。

 走行している地下鉄車両内に御神乱が入って来ており、中で暴れまわっていたのだ。パニックとなった乗客たちが隣の車両に押し寄せた。連結部の扉の窓をかきむしる乗客。しかし、その背後から御神乱が襲いかかり、扉の窓ガラスは血潮に染まった。御神乱は、乗客を手当たり次第に食い漁り、車内は地獄絵図と化していた。


 アメリカのハイスクールでライフルを乱射した例の男子生徒は、事件の起きた州の刑務所にいた。

 その刑務所に向かって数体の御神乱が背中を赤や青に光らせて走って行った。

「ウワー! 何だ!」

 御神乱たちは、刑務所の玄関を突き破り、刑務官たちを血祭りにあげながら留置所を目指した。彼らは男子高校生をターゲットにしていた。


「御神乱だ!」「みんな逃げろー!」「急げ!」「イヤ! イヤ! 来ないで!」「食べないでー!」

 アメリカにある某大型スーパーマーケットで二体の御神乱が暴れていた。並べられていた商品は、尻尾でなぎ倒されて床に散乱した。その商品群を、拡がっていく血だまりが侵略していった。

 人々は外に駆け出して行ったが、転んだ女性や子どもは犠牲になっていった。

 外の大駐車場にたどり着いた人たち。車にキーを差し込もうとする。すると、車の向こうから別の御神乱が出現した。住民たちは、逃げ場を失っていった。


 シカゴにある総合病院。あの受付で断られていた母子がやって来た病院だ。そこへ一体の御神乱が乱入してきた。

「キャー!」「皆さん逃げてください!」「患者さんを早く……」そんな悲鳴が待合室に轟いていた。

 御神乱は、尻尾を振って大きく暴れまわっていた。待合室にいた患者やその家族たちを喰い散らかし始め、次第に待合室は血の海と化していった。血の海の中を、例の蝶々のカチューシャが舞っていた。


 アメリカの某地方都市。地下にあるバーでマフィアが話していた。

「その件はデイブにやらせればいい」ボスらしき中年の男性がそう言った。「あいつの妹は、人質にとってあるからな」

「分かりやした」

 そのときだった。ドガーンという大きな音とともに、赤く背中を光らせた御神乱がバーに飛び込んできた。

「ウワー!」「キャー」

 バーの店内が騒然となった。

「ま、まさか、お前、デイブじゃ……」

 そう言いかけたとき、マフィアたちは御神乱に喰われた。


 ニューヨークのウエストサイドにあるレンガ造りのビルに囲まれた一画。そこにバスケットゴールが置いてある袋小路があったのだが、この辺りではいつも、不良少年たちの抗争が行われていた。

「やめろー!」

「助けてくれー!」

 そう叫びながら四人の少年が走って来た。すると、彼らのすぐ後から背中を青色に発光させた御神乱がやってきた。それは、あのピエロのアーサーだった。壁際に追い詰められた四人は、あっという間に御神乱の餌食になっていった。


「ギャー!」「出てくるなー!」「ウワーッ!」

 アメリカ国内にある某刑務所。刑務所内のあちこちで悲鳴が聞こえていた。

 御神乱となった囚人たちは、留置場の鉄格子を破った。そして、近くにいた囚人や看守を食い殺し、事務所にまで押し寄せて襲った。

 留置場では、他にも多数の発症者がいて、今まさにドアを破壊しようとしていた。


 中東では、ブルカの下で女性たちがメタモルフォーゼしはじめていた。彼女たちに対して威嚇発砲をする男たちは、彼女たちに食われていった。

 ウイグルでも市内や収容施設内で御神乱化した人々が現れはじめた。そして、彼らを弾圧していた漢民族系の人々が食われた。市内のいたるところで血の池が見られるようになっていった。

 同じことは、チベットや香港でも起こり始めていた。

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