第31話
レスリー・オーエンの殺害事件とほぼ時を同じくして、黒人女性によるアジア人女性への殴打事件がニューヨーク市内で発生した。
その日の夜、サンドラ・チャンという名の中国人ダンサーが稽古後、帰宅の途についていた。商店街の舗道歩いていたサンドラ。そこへミランダ・ストレイカーという名の黒人女性が飛び出して来て、いきなりサンドラに殴りかかった。
「あんたらがウイルスを撒き散らしたから!」そう言いながらミランダはサンドラに襲いかかった。
「ちょっと! あなた何してるの!」道を歩いていた夫人が声をあげた。
ミランダは近くを巡回中の警官に逮捕された。夫人が警官を呼んだのだった。
事情聴取の後、サンドラは病院に行った。ひたいが割れて血が流れていたので、三針ほど縫うことになった。
サンドラの方は、数日間留置された後、釈放された。
釈放されたサンドラは、BLM活動団体のリーダーであるマシュー・ホワイトとともにミランダの住むアパートを訪れた。
ニューヨークにある楽器店の前でチラシを配っていたピエロのアーサー。その日も看板を片手にチラシを配っていた。
すると、そこへ四名の不良少年たちがやって来て、アーサーの掲げていた看板を奪っていった。必死に少年たちを追いかけるアーサー。少年たちは看板をパスしながら道路の向こう側へ横断し、路地に逃げ込んだ。その路地へとやって来たアーサーは、待ち構えていた少年たちに袋叩きにされた。
ニューヨークにある裁判所では、サミュエル・ジョンソンの裁判が行われていた。しかし、陪審員は白人で固められており、彼を有罪にすることは難しそうだった。
「彼は胸のポケット手を入れた。これは、普通に考えて銃を出すとしか思えなかった。まさか、身分証を出すなんて思っても見なかったんだ。だから、私は無罪だ」それがサミュエルの言い分だった。「銃で撃たれるかもしれないと思ったら、自分の身を守るためには、それよりも早く銃で撃たなくちゃいけないだろう? それが当たり前の行動じゃないか」
そのような彼の言い分を、唇をかみしめ、涙を流しながらスカーレットは聞いていた。傍聴席には彼女の幼い長女が座っていた。
「これは、昨日中国版SNSに上がっていた画像で、現在は削除されています」朝の情報番組がそう報じた。
見ると、そこには背中が青白く光ってうずくまっている人の動画が映し出されていた。
「これが投稿された場所は、中国の青島市。数か月前に拡散された青島にある軍港での御神乱事件との関連が危惧されています」キャスターが、そう報じた。
「やばっ! これって御神乱じゃん」「やっぱ、ウイルス拡散してんじゃねーかよ!」「いや、これってCGでしょ。いたずらに決まってる」人々は、そう口にし始めた。
しかし、それからも、背中が青や赤に光る人達は、上海、北京、台北、那覇などで確認されはじめていた。
赤い点滅が早朝の大阪湾に現れていた。
その日の午前、堺市に近い沿岸から上陸した御神乱は、堺市にある市庁舎を目指して歩き始めた。
「なぜ、こう何度もやってくるんだ!」松倉は、悲鳴にも似た声をあげた。
「彼らにとって、ターゲットは日本政府だからなんです。憎しみの矛先は、大戸島をあんな風に蹂躙し尽くした日本政府にあるんです」そばにいた和磨が言った。
「何とかしてくれ!」
「今、自衛隊が向かっています。憎しみの矛先である自衛隊がオトリとなって、御神乱を海の方へ誘導します」和磨が説明した。
「そんなに上手くいくか?」鹿島が和磨に言った。
「とりあえず、やってみます」
堺市に炎が拡がり始めていた。その炎の中心に御神乱はいた。
「います。赤いタイプです」「誘導します」
五機で編成された自衛隊の攻撃ヘリ部隊は、御神乱の鼻先と後方に陣取って、御神乱を取り囲みながら誘導しようとしていた。
しかし、すばらくすると、そこにアメリカの攻撃ヘリ部隊が現れた。アメリカ軍は、御神乱の後方から御神乱を狙っていた。直後、アメリカ軍のヘリから自衛隊に無線が入った。
「何をいつまでぐずぐずしているんだ? とっととこのバケモンを処理しなさい。処理できない場合は、我が軍の方で処理するからな」
しかし、自衛隊は米軍の無線に対して無視をした。
「再度、通告する。自衛隊が処理できないのであれば、アメリカの方でモンスターを処理する。邪魔なので、どきなさい」
それでも、自衛隊は通告を無視した。
「御神乱を処理する。危ないので、どきなさい!」
すると、自衛隊機は、全機が一八〇度くるりと向きを変えてアメリカ軍の方に対峙する体制に変化した。それは、同時に御神乱を守るような体型であった。
「な……、どうした? 自衛隊」アメリカ軍の隊長が言った。
すると、自衛隊機側の隊長からの返事が返ってきた。
「我々は日本の自衛隊である。自衛隊の最大の目的および任務は、日本国民の命を守ることにある。そして、目の前のこの御神乱は、まがう事なき日本国民である。しかるに、この御神乱を攻撃したり傷つけたりする者があれば、我々は、日本国民を殺傷せんとするその者を攻撃対象とみなす。繰り返す。我々自衛隊は、日本国民である御神乱を傷つける者があれば、攻撃対象とみなす」
「バカな! 何を言っているんだ?」「自衛隊に告ぐ。馬鹿げたことを言い続けるならば、こちらとしては、威嚇射撃をせざるを得ないぞ」
「我々とて、いたずらにそちらと一戦交えたいわけではない。即刻、引き上げるよう要請する」
「本当に威嚇射撃するぞ」
「我々および御神乱に向けて、一発でも攻撃をした場合、これは日本への攻撃とみなし、こちらも貴軍に対して攻撃をせざるを得ない」
上空でにらみ合っている自衛隊とアメリカ軍。その真下で御神乱は空を見上げている。
「さっきから、一体何をしているんだ!」ハミルトン司令官から連絡が入った。
「自衛隊が我々の指示に従わないのです!」
「何だと!」
「御神乱は日本国民であり、自衛隊には国民を守る義務があるので、攻撃した場合は反撃するというのです」
「バカな! 何を言ってるんだ。これはアメリカ国家への反逆だぞ。アメリカに宣戦布告でもするつもりか!」
サンダースは、そのときホワイトハウスの寝室で寝ていた。しかし、突然入って来た日本のハミルトン司令官からの緊急電話で起こされた。
「何だ! どうした?」サンダースが聞いた。
ハミルトンは、現状、大阪の上空で起きていることを大統領に話した。すると、サンダースは言った。
「いいか、ハミルトン。絶対にこちらからは攻撃するなよ。威嚇射撃もダメだ。相手の挑発に乗るんじゃないぞ」
「分かりました。そのように指示を出します」
堺市の上空では、まだにらみ合いが続いていた。
「自衛隊に最後通告を出す。これ以上、我々の指示を無視し、アメリカ軍の行動を無視するようであれば、威嚇攻撃に入る。繰り返す。これ以上、妨害行為を止めないのであれば、我々は攻撃に入る」
御神乱の防御態勢を解かない自衛隊。
「いたし方ない。威嚇しろ」
「了解」アメリカ軍の攻撃ヘリから自衛隊に向けて機銃が放たれた。
しかし、そのとき、ハミルトンからの連絡が入って来た。
「こちらからは攻撃はするな。相手の挑発に乗るな。これが大統領からの指示だ!」
「もう手遅れです。機銃を放ちました」隊長が言った。
「やめろ! バカなことをするな」ハミルトンが叫んだ。
自衛隊の攻撃ヘリが機銃を撃ち返して来た。それは、威嚇とは思えないくらいローターのギリギリのところを責めて来た。
「危ない!」「奴ら、本気だ!」
すると、恐怖したアメリカ軍のヘリ一機が、自衛隊機にミサイルを撃った。
「あー、だめだ! そんなことしちゃいかん」隊長が叫んだ。
次の瞬間、自衛隊の攻撃ヘリがミサイルを放った。
「グアーーーーーン!」自衛隊のミサイルは、ミサイルを放ったアメリカ軍の攻撃ヘリに命中した。
空中で爆発炎上して燃え落ちていくアメリカ軍の攻撃ヘリ。
「ああーーーー! 何てこった!」隊長が叫んだ。
自衛隊機から勧告が入って来た。
「アメリカ軍に告ぐ。貴軍のとった行動は、日本に対する攻撃とみなす。我々は、それに対する防衛措置として貴軍に対して反撃を行った」
気がつくと、下にいたはずの御神乱は消えており、あたり一面にピンク色のキラキラ光る火の子のようなものが舞っていた。
「大変です! 大統領。自衛隊とアメリカ軍が交戦状態に入りました」ハミルトンからサンダースの寝室に連絡が入った。
「なに! ……で、どちらが先に攻撃を仕掛けたんだ?」
「そ、それが、我が軍の方でして……」
「馬鹿もん! それではアメリカの立つ瀬がないではないか。これまで、アメリカがからんだ全ての戦争において、アメリカが先に手を出したことはないんだぞ! パールハーバーを忘れたか!」
「はあ、申し訳ありません」
「そもそも、なぜこんなことになったんだ? 日本側の司令官は誰だ?」
「それが、なぜ急にこんなことになったのか、分からないのです」
「至急、調べ上げろ! こちらはこちらで緊急会議を招集する」
「分かりました」
「それで、肝心の御神乱はどうなった?」サンダースがハミルトンに尋ねた。
「消えました」ハミルトンは答えた。
「消えただと! どうしてだ?」
「分かりません。でも、自衛隊と我が軍が撃ちあっている最中に、御神乱は消えていなくなっていたんです。それで、攻撃目標が失われたので、双方とも引き上げざるを得なくなりました」
「徹底的に調べろ」
「はい」
この日の午後、日本のテレビがアメリカと自衛隊の小競り合いを報道した。
「本日、午前、堺市に御神乱が大阪湾より上陸、これを誘導しようとする自衛隊と排除しようとするアメリカ軍の間で小競り合いが起きました。自衛隊とアメリカ軍は、御神乱をはさんで上空でにらみ合いを続けていましたが、先にアメリカ側が自衛隊に発砲、その後、ミサイルを威嚇発射したアメリカの攻撃ヘリに対して、自衛隊の放ったミサイルが命中しました。アメリカ軍機は上空で爆発炎上後、堺市の市街地に墜落。今もなお住宅地が炎上しています」
「なお、このとき御神乱はピンク色の光とともに消えていなくなりました。この現象については、今のところ、原因が分かっておりません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます