第22話

 真太と村田は、オスプレイで一路アメリカ西海岸へと向かっていた。その機内、真太が村田に話しかける。

「なあ、村田、お前、両親が日本を捨ててアメリカにやって来たって言ってたけど、お前の両親は、本当に日本を捨てたのかな。別に亡命したってわけじゃないだろう。故郷ってのは、たとえそこで嫌なことがあったとしても、やっぱり良いもんだと思うぞ。俺だって、今は日本に住んでるけど、アメリカは好きさ」

「さあ、両親が日本のことをどう思ってるかは、本当のところは知らないさ。ただ、俺の両親は、日本で商売に失敗して、……ていうか、騙されて多額の借金をこさえて、逃げるように渡米したんだ」

「そうだったのか」

「父親は、もともと腕の良い日本料理人だったらしい。銀座の料亭で働いていたらしいんだが、そのとき店で中居をいていたのが、俺の母親だ。独立して自分の店を持とうとしたんだが、そのときに騙されて多額の負債をかかえてしまったらしい。それで、逃げるように両親は渡米し、アメリカでもう一度一旗揚げようと、当時としては珍しい寿司バーを開店したんだ。だけど、当時はまだ生魚の料理なんて認められてなくてな。味噌汁なんて作ろうもんなら、変な臭いがするって、隣から警察に通報されたりもしたんだ。まあ、とにかく、アメリカに来たら来たで、アジア系は差別されたりするもんだから、かなり苦労の連続だったらしい。そんな暮らしの中で俺を生んで育ててくれたんだ。子供の頃から聞いていたのは、日本人に対する恨みと、アメリカ人に対する愚痴ばかりだ。そして、俺自身もまた、学校に行くようになると、いじめを受けるようになった。……だから、俺は両親には感謝している。でも、アメリカに対しては微妙だ。生きていくためには、アメリカへの忠誠心を人一倍アピールしないと生きていけないんだ」

「なるほどな」

「俺の両親は、今でもロサンゼルスのリトルトーキョーでラーメン店をやってる」

「そうなのか。……で、お前自身は、日本については、どう思ってるんだ?」

「日本にいたときは、ほとんど厚木基地と横須賀の往復だったから、俺自身は、実のところ、日本については良く知らないんだ」

「じゃあ、お前には、日本に対して復讐するいわれなんてないよな」

「まあな。あれは話しの成り行きで言ったまでだ」

 真太は、村田から奪っていたスマホを彼に返した。

「無いと立場上困るだろ。でも、サンダースとかの情報があったら教えろよな」

「ああ、分かったよ。ありがとう」


「そう言えば、斎藤君はどうしたの? 最近顔を出してないみたいだけど」谷町にある和磨たちの事務所内、和磨が皆に尋ねた。

「彼女、落ち込んでるの。しばらくはそっとしておいてあげましょ」美姫が答えた。

「落ち込んでるって……、どうしたんだ?」

「俊作がアメリカ軍に捕まっちゃって、未だに出て来れないでしょ。彼女、何度も彼に面会に行ってたのよ。でも、面会さえかなわない状態なの」

「えっ! それじゃあ、斎藤君と俊作とは……」和磨が今さらながらに、とぼけたことを言った。

「もう! 今さら……。全くそういうったことには鈍いのね」美姫が和磨に言った。

「そうだったのかー。それにしても、占領政府の扱いには憤慨せざるをえないな。全く」

「そうよね。瞳、早く元気になって出てきてほしいけど、その為にも、俊作と会えないとね」美姫が言った。

「津村さん、大丈夫ですかね。拷問とか受けてないでしょうかね」彩子が言った。


 堺市にある大阪刑務所内、その昼休み、アメリカ占領軍によって逮捕された政治犯たちは、中庭にあるフィールドでつかのまの昼休みを取っていた。その中には、例の津村俊作と、そしてクルム・モハメドの講演会において意気を吐いたパク・ソジュンもいた。二人は、中庭のベンチに並んで座り、会話をしていた。最近、二人はよくこうして会話をしていた。

「それにしても、どうしてお前、あんなところにいたんだ? あそこでうろうろしてなきゃ、ここに連れて来られることも無かったろ?」

「まあ、最初は野次馬の一人でデモを見てたんだ。でも、独立愛国党の主張に腹が立って、それで、奴らの一人ともめはじめたんだ。そしたら、ちょうどあのとき、他でも小競り合いが起きただろ。そうこうしているうちにアメリカ軍が来て、もめてる最中だった俺も、仲間と思われてしょっぴかれたって訳だ」

「なるほどな。ところで、まだお前の名前を聞いてなかったな。俺は津村俊作。よろしくな」

「俺の名はパク・ソジュンだ。まさか、こんなところで、またお前と会うことになるとはな」

「ああ、全くだ」


「大統領、ホノルルにある海軍基地が御神乱にやられたとの情報が入りました!」執務室に飛び込んできた大統領補佐官が報告した。

「また大戸島から散逸した御神乱か」サンダース大統領が補佐官に聞いた。

「いえ、別の御神乱であるとのことです」

「別の? 大戸島以外に御神乱がいるのか?」

「ああ、はい。先日北太平洋で起きた原子力空母ドラルド・トランプの座礁・沈没事故ですが、あの事故で放射線を浴びて巨大化した御神乱がホノルルに現れ……」

「ちょっと待て。言っている意味が分からん。順序立てて話せ」

「まだ、詳細は分からないのですが、乗船していた人間のうちの誰かが御神乱にメタモルフォーゼしたとの情報で、その御神乱が太平洋を泳いでホノルルに到着。パールハーバーと空軍基地を破壊したものと思われます。その後、攻撃型ヘリがスクランブル発進しましたが、既に御神乱は海に逃げた後でして……」

「……つまり、御神乱を抹殺することができず、逃がした。我々の被害は甚大だったと、こういうわけだな」サンダースは、怒りに震えていた。

「おい! 青島に現れた御神乱は、スクランブル発進した戦闘機に攻撃されて抹殺されたんだぞ。なぜ、アメリカは同じことができない? 同じように巨大化した御神乱が港に現れたのに、中国は港で抹殺できて、アメリカは取り逃がしたんだぞ。この違いは何だ。理由を述べろ!」怒り狂うサンダース。

「はい、青島に出現した御神乱は、石棺を奪い返すことが目的で、港や町の破壊が目的ではありませんでした。しかも、そこは中国大陸にある軍港のある都市です。近くにある空軍基地からの戦闘機の緊急発進がうまくいったものと思われます。それに対して、ホノルルに出現した御神乱ですが、彼女の目的は、どうも我が国の軍事施設の破壊そのものが目的だと思われます。パールハーバーと空軍基地も一体化しており、あまりの急襲に、スクランブル発進もうまくできませんでした。というよりも、戦闘機や攻撃型ヘリコプターも破壊されましたので、発信が遅れたのです」

「聞いてると、それは数十年前にパールハーバーが日本海軍に奇襲されたときと、ほとんど同じパターンではないか。海軍は何も学んでこなかったのか! パールハーバーを忘れたか!」

「はあ……」


「ハワイ時間の今日午前一〇時ごろ、ホノルルにあるアメリカ海軍基地が巨大な御神乱に襲われました。現在、基地は炎上を続けていて、多くの船舶と航空機が失われた模様です。御神乱がアメリカに現れたのは、これが初めてです」アメリカのテレビでニュース番組が伝えた。「尚、これより前、太平洋上をアメリカに向かっていた空母ドナルド・トランプが沈没事故を起こしておりますが、現在のところ、御神乱との関連は不明です」

「本日、ハワイの海軍基地に青タイプの御神乱が出現、基地が破壊されました。基地は現在も炎上しているとのことです」日本の報道番組が伝えた。


 オスプレイで飛行中の真太と村田。スマホを見ていた真太が言った。

「青島に御神乱が出現して、取り返そうとした大戸島の石棺が海に水没したらしい。こりゃー御神乱ウイルスが世界中に拡散するんじゃないか。あと、パールハーバーに巨大な御神乱が出現して、アメリカ海軍と空軍の基地を破壊したらしい。これは真理亜っぽいな……」

 すると、今度は、村田が真太に話しかけた。

「お前のお気に入りの、そのバケモンだがな」

「真理亜のことか? 言葉遣いには気をつけろよな!」むすっとして真太が言った。

「お前の彼女は、これからどこに向かうんだ? やたらと日本に帰りたがっていたが、やはり日本の方に向かうつもりなのか?」

「いや、多分アメリカに向かうつもりなんだと思う」

「アメリカへ? どうしてだ?」

「彼女の怒りや恨みの矛先は、自分と母親を痛めつけたアメリカとアメリカ軍だ。それにサンダース大統領だ。それが彼女のターゲットだ」

「どうしてサンダース大統領が関係しているんだ?」

「二十年前に起きた横須賀海軍基地所属の戦闘機墜落事故。あの事故で彼女の母親は亡くなり、彼女自身も全身に火傷を負った。お前も聞いたことがあるだろう」

「ああ、そう言えば、聞いたことがあるな」

「あの時、その戦闘機を操縦してたのが、今のサンダース大統領なんだ」

「何だって! 初めて聞いたぞ。そんなこと」

「ああ、あの事故の真相は闇に葬られているからな。でも、彼女の中では、今でもサンダースは最大の怨敵だ」

「そうだったのか……」

「それと、ちなみにな、彼女の両親は、例の大戸島の出身者だ。彼女は、生まれながらの御神乱ウイルス罹患者だったんだ」

「じゃあ、彼女は、今後はいずれアメリカのどこかの都市を襲撃するってのか」

「ああ、多分な。彼女は、自分の運命を受け入れ、腹をくくっている」

 真太はそう言うと、真理亜から預かったスマホを取り出して、彼女の検索履歴を村田に見せた。

「ほら」

「何だこれ?」

「彼女は、ここんところ、アメリカ大統領選の演説会の場所と日時を検索していたんだ。おそらく、彼女が狙っているのは、サンダース大統領の演説会場だ」

「そこに、彼女は現れるっていうことか」

「ああ、多分最初はサンフランシスコかな」

「ところで、彼女、お前のことがえらく気に入ってるんだな」

「えっ?」

「だってほら、彼女のスマホの待ち受け画面がお前の顔写真になってるじゃないか」

「あ……」

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