第6話

 同じ頃、北京にも東京のニュースが飛び込んできた。

「日本時間、昨夜零時前、御神乱により日本国総理大臣と国会議員の多数が殺されているとのことです」

「どう言うことだ!」

「先日からニュースになっていました大戸島のオオトカゲですが、これが山根博士の予言通り放射能によって巨大化したみたいでして、現在、東京は無政府状態になっているらしいのです」

「現地にいる中国人は?」

「詳細が分かっていません。在日の中国大使館とも連絡が取れていません」

「分かった。とりあえず、アメリカを刺激しないようにしつつ、海軍を公海のギリギリまで日本に近づけろ。空軍は、日本領空のギリギリまではりつけておけ」

「分かりました」


 その日の午後には、山根博士たちの常温核融合の報道がネットに流れていた。そのSNSによる動画はまた、各テレビ局で取り上げられて放送されることによって、またたく間に全世界をかけめぐった。

「大統領、今、面白いニュースが流れています」大統領補佐官からの電話だ。

「何だ、どうした? 補佐官」

「隕石によってもたらされた大戸島のウイルスには、赤タイプと青タイプの二種類あることが分かりました。これに罹患した者どうしがぶつかって衝撃を受けた場合、核融合反応が起きるということです。人類の夢、常温核融合の可能性です」

「常温核融合か。あの、科学者どもが長年研究しても実現できてないやつだな」

「はい、莫大なエネルギーを生む反応です。ちなみに、放射能で巨大化した罹患者の場合は、水爆レベルの威力になるとの試算です」

「それは、放っておけんな。その二種類のウイルスは例の大戸島にあるんだな?」

「はい、島民たちが長年、御神体として二か所の神社に封印しているとのことです」

「念のために確認するのだが……、今、日本は無政府状態にあるのだな?」

「はい」

「では、我々が何を成すべきか、答えは一つだろう」

「はい。すぐに第七艦隊に指示を出します」

「ああ、そうしろ。ところで、大使館員たちの避難は済んだのか?」

「はい。それでしたら、全員、横須賀に停泊中の空母ドナルド・トランプに乗せています。明日出港予定です」

「東京は危険だ。場合によっては、今夜出港してもかまわんぞ」


 北京にも常温核融合のニュースが飛び込んできた。

「すぐに、大戸島に艦隊を向かわせろ! 何が何でも御神体を奪取しろ。アメリカやロシアに先を越させるな」


 夜、名村彩子の乗った長距離バスは、まだ東名高速の御殿場に足止めされていた。すると、彩子は座席の背後に閃光を感じた。窓を通して振り返って見ると、バスの後部、東京方面から夜空に閃光が広がっていた。しかし、このときはまだ、長距離バスのほとんどの乗客は、東京で何が起きたのか知るよしもなかった。

 テレビやラジオで臨時ニュースが流れた。

「ニュース速報! 東京が二体の御神乱の衝突により消滅した模様。原因は核融合反応とみられる」

 大阪をはじめ、各地でも大騒ぎになった。

「東京が消滅って、どういうことなんだよ! 首相は死んでるし、国会は無くなってるし、日本はこれからどうなっちゃうんだよ」「これから、中国が攻めてくるぞ!」「いや、アメリカに占領されるんだ!」「どうしたらいいんだよ!」東京の事件は、日本を揺るがし始めた。事実、それまでは東京の御神乱出現を対岸の火事としてしか見ていなかった東京以外の人たちも、ここにきてはじめて、自身に降りかかる災いとしてとらえ始めたのだった。

 世界中にも衝撃が走った。そして、御神乱という存在に世界が震撼した。


 アメリカ大統領執務室。

「軍事衛星が東京での激しい閃光とそれに続く東京の消滅を確認しました」


 アメリカ本国のホワイトハウス大統領執務室では、サンダース大統領が国防長官に指示を出していた。

「いいか、今回のミッションの目的は二つだ。一つは大戸島の二種類の石棺のゲット。そして、もう一つは、日本国の再占領だ」

「大統領、お言葉ですが、大統領のお気持ちは分かります。しかし、勝手に主権国家である日本を占領するなど、国際社会が許してくれません。それこそ、アメリカは自由主義陣営の中で孤立してしまいますよ。それって、ロシアが主権国家であるウクライナに対して行った侵略戦争と同じことです」

「何を腰抜けなことを言っておる! 今や日本は無政府状態になっているんだぞ。うかうかしていると、日本の隣国の中国に持って行かれるに決まっておるじゃないか。アメリカは、日本と同盟関係にあるんだ。中国から日本を守ってあげれないでどうする」

「はあ、しかし……。日本人の感情も考慮した上で、うまくやっていかないと、彼らの感情を逆撫ですることになるのではと思うのですが」

「それならそれで構わん。ただちに、日本国に存在している全ての米軍基地に通達。日本をアメリカの保護下に入れろ。日本を狙ってやって来る中国やロシアは追い散らせ」

「分かりました。通達します」

「それから、日本の自衛隊は、米軍の指揮下に入れろ。陸海空全てだ。これは、日米同盟によってアメリカが日本を守ってやるということなんだ。いいな」


 北京も指示を出した。

「日本には、数多くの在日アメリカ軍基地があるから、奴らはすぐに日本を再占領するだろうし、日本の領土内にアメリカの基地が存在している限り、我々も日本に手出しができん。これは現実だ」

「はい」

「しかし、大戸島にある二種類の御神体だけは、何としても奪え。良いな」

「はい。了解しました」

「それから、東シナ海と対馬海峡に海軍を終結させておけ」


 和磨の家庭教師、康煕が和磨に尋ねた。

「ねえ、どうして日本人は中国の悪口を言うの?」

「え? ……それはだな……」

 彼が、おそらくは、学校においてまわりから中国の悪口を言われているのは明らかだった。和磨の頭の中には、瞬間的に、その理由が、中国が自由で民主的な国ではないこととか、ウイグルやチベットでのジュノサイドや人権蹂躙を行っていることが頭に浮かんだが、それをあからさまに言ったところで、多感な中学生の彼は、反感をするだけだろうと思われた。今の彼は、敵か味方かの二元論でしか物事を見極める術を持ち合わせてはいなかったからだ。そこで、和磨はこう言った。

「それはだな。二〇年から三〇年前までは、経済で世界を席巻していた日本が、今は中国に抜かれてしまったから、悔しいんじゃないかな」

「何だ、ひがみじゃねーかよ!」

「うん。……まあ、そうだな」まあ、この答えもあながち間違いと言うわけではなかったし、いずれ時が来たら、彼にもウイグルとかの本当のことをきちんと話さなくてはならないと、このとき和磨は考えていた。

 ところが、和磨の意に反して、康煕の方からここう聞いてきた。

「もう一つは、中国が民主国家ではなく専制国家だから?」

「え……!」和磨は虚をつかれた。

「やっぱり、そうなんだ。でも、専制国家の何がいけないんだよ。俺はアメリカの民主主義が嫌いだ。専制主義だと上が何でも正しいことを決めてくれるから楽じゃないか」

 どこからか聞いたのだろう。おそらくは母親か中国にいる祖父母か……。そう和磨は思った。

「じゃあ、ウイグルとかチベットのことも聞いたのか?」

「は? ウイグル? ……何それ?」

「そこは聞いてないのか……。つまりは、康煕君はアメリカが嫌いなんだな。日本はアメリカに民主国家にしてもらった。だから、アメリカに恩を感じている人も多いんだ。でも、反米の中国は民主的じゃない。例えばウイグルでは人権侵害が行われているし……」

「日本は、人権、人権てうるさいよ! 学校でもそうだよ! あと、地球温暖化の問題も中国に押しつけられている。悪いのは中国だけじゃないだろ」

「しかし、確かに温室効果ガスの排出量の約四分の一は中国から排出されているんだ」

「……もういいよ。帰ってよ」

「……」


東京消失の翌日


 東京消失の翌日。

 大戸島の笑子の部屋。そこに何ものも無いことを確かめた米兵たちは、さらに島の中央に進む。瓢箪湖にある「御神体」と呼ばれる石棺を奪うためだ。三島家から少し進んだところにある森の中から、ふいに一〇メートルはあろうかと思える御神乱が出現した。アメリカ兵を襲って食いにかかる。すかさず火炎放射器で応戦するアメリカ兵。火炎放射器ぐらいでは歯が立たないことが分かると、彼らはバズーカを御神乱に発射した。胸元に命中。胸元から血しぶきを上げながら御神乱はドウと倒れた。

「まだ、いるかもしれん。気をつけろ」

「ただし、まだそんなには巨大化してないみたいだな。今のうちに殲滅しとかないといかんな」

 途中、自衛隊機の残骸と見られるものや木に引っかかっているパラシュートがいくつかあった。おそらくは、御神乱にやられたものだろう。

 象ケ鼻方面には、中国人民解放軍の海軍部隊が上陸してきた。彼らは、丘をかけ登り、街の中心部へとやって来た。そこには、今は誰もいなくなった町役場があった。扉を開けて入って行く人民解放軍。銃を構えながら階段を2階へ上がっていく。そこは、かつて笑子たちが働いていた事務所のあるところだ。ドアを開けた瞬間、解放軍の兵士が一匹の御神乱に食われた。もがく兵士。解放軍の御神乱への発砲が続く。集中砲火をあびて血まみれになる御神乱。するとそこへ、奥からもう一匹の御神乱が現れた。解放軍は、事務所に手榴弾を投げ込み撤退。大急ぎで役場を離れた。次の瞬間、大爆発とともに町役場が炎上した。

 喫茶「モモコ」の前を進む人民解放軍。そして、市場にやって来たところで、再び複数の御神乱に出くわす。

「これじゃあ、きりがありませーん!」

「ひとまず、ここは撤退しろ」

 しかし、撤退する解放軍の前方から、今度はアメリカ兵と出くわした。人民解放軍とアメリカ軍が交戦状態に突入した。森の中で銃撃戦になり、双方に死傷者が出た。

「現在、我が軍は、森の中で中国軍と交戦状態になっております。援軍をお願いします」

「了解。陸戦隊を向かわせるので、それまで頑張れ」

 アメリカ、中国双方が戦車部隊を投入、戦車や火炎放射砲を積んだ揚陸艇が上陸した。大戸島はさながら戦場の様だった。というよりも、大戸島は、かつての硫黄島やサイパン島のような戦場と化していたのだ。機関銃の弾丸やロケット砲が飛び交い、火炎放射器で森が焼き払われた。また、出てくる御神乱は、次第に巨大化しており、それにも手こずったが、出て来た御神乱は、その場で処分された。それはまた、御神乱狩りとも呼べるような状態だった。

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