第58話 ノースの村

「さて、アスカ。準備はいいかい?」


「はーい、準備できてまーす!」


 翌日の朝早くに、ルークとアスカは神聖王国クラリリスに向けて出発した。アオイ達はケンヤの情報を頼りに、まずは神聖王国に向かうと言っていたからだ。ただ、おそらくそこにはいないだろうから、そこから足跡をたどっていくことになるのだろう。


 予定より早く帰ってきたとはいえ、みんなと別れてからすでに二週間以上は経っている。まだ、クラリリスにいるとは思えないが、他に手がかりがない以上そこに向かうのが一番だと考えたのだ。


 ここエンダンテ王国から神聖王国クラリリスまでは馬車でおよそ三日かかる。二人のステータスを考えると、馬車よりも徒歩の方が速いと判断したので、馬車は借りず徒歩で移動している。

 途中でアオイ達とすれ違っては困るので、アスカも俺も常に探知を全開にしてるのだが、これが結構疲れるらしい。俺はスキルなので全く問題ないのだが。


 そして、探知を全開にしているということは、半径百キロメートル圏内にいる全ての生物を把握していると言うことになる。アスカの探知圏内で街道に近づいた魔物は、例外なく瞬殺されていく。さながら街道の安全を守る警察官のようだ。


 時折、すれ違う商人達はまさかこのいたいけな女の子に守られていたとは気がつくまい。


 そんな旅を続けた三日目。今日中に神聖王国クラリリス着くだろうと思った矢先に、俺の探知が懐かしい人物を二人発見した。


(アスカ、ライアット教授を見つけた。そこの北に向かう細い道の先にある村にいる。確かそこにはルシアさんって言う【錬金術士】のおばあさんがいるはずだ)


(えっ!? お兄ちゃんってライアット教授っていう人のこと知ってたの?)


(ああ、昔、ちょっと会ったことがあってね)


 いくら探知が有能だとしても、さすがに知らない人を探し出せるわけではない。探知にかかった生き物を全て鑑定していけば見つけられるかもしれないが、それには膨大な時間と労力がかかるから現実的ではない。

 だからこそ、俺がライアット教授を探知で見つけたことで、アスカは俺とライアット教授の繋がりを確信したのだろう。


「ルーク、ここから少し東に行ったところに村があるみたいなんだけど、そこに寄っていいかな?」


「ん? ここから東? あー、ノースの村のことか? 確かあそこは辺境の村なのに、回復薬ポーションの品揃えがやけにいいっていう噂の村だな。何でも、王都で一番のベン&ソニアマートっていう回復薬ポーション屋が取り引きしてるらしいよ。でもそれだけで、あとは何の変哲もない村だぞ?」


 なんと、ルークはノースの村のことを知っていたようだ。そう言えば、あの村の近くにはやけに高級な薬草が生えていたっけか。確かに、アスカはベンとソニアにルシアさんのことを話したことがあったな。王都からは近いとは言えないけど、希少な素材のためなら何てことはない距離だってことか。


「アスカの探知にそれっぽい人が反応したんだよね。知らない人だから、絶対って訳じゃないけど……」


 うぬぼれるわけじゃないが、アスカは俺のことを全面的に信用している。その俺が『見つけた』と言ったのだから、そこにライアット教授がいることは間違いないと思っているはずだ。ただ、あまりに断言しちゃうと怪しまれるから、あえて絶対とは言ってないのだろう。


「そうか。あそこならそれほど時間がかかるわけじゃないし、そこにいてもこの街道がアスカの探知の範囲なら問題ないだろう。ひょっとしたら、アオイ達も後から来るかもしれないから、とりあえずノースの村に行ってみようか」


 ルークはそう判断すると、街道から伸びる細い道へと入っていく。アスカは歯切れの悪い自分の言葉を信じてもらえたからだろうか、嬉しそうな笑顔を見せるとルークの後をついて行った。




▽▽▽




 街道から逸れて数時間後、ルークとアスカは小さな村の入り口へとたどり着いていた。村の周りは、決して立派とは言えない木の柵が取り囲んでいる。この程度の柵なら中型の魔物を防ぐことはできなさそうだが、村が割と平和そうなところを見るとこの辺りにはそれほど強い魔物はいないのかもしれない。


 ただ、小さい村の割にはやけに歩いている人が多い。その身なりから、この村の人というよりは冒険者なのだろう。

 王都と取り引きしているだけあって、小さな村の割に回復薬ポーションの品揃えがいいという噂を聞き足を運んでいるようだ。

 実際、ソニアは《錬金術》Lv4を持っている。希少な素材の代わりに、彼女が作った回復薬ポーションがおいてあるなら、クラリリスにいる冒険者達はこぞって買いに来るだろう。王都に行くより近いし。


 冒険者達の顔がほころんでいるところを見ると、値段も良心的なのだろう。まあ、あの人のいいおばあさんが高値をふっかけるような姿は想像できないけど。というか、あのおばあさんが生きていたこと自体が驚きだな。


 小さな村だけに、俺が教えなくてもすぐに薬屋は見つかった。どうやら、俺達が探している人物もその薬屋にいるようだ。


「いらっしゃい」


 小さいながらもこぎれいなお店に入ると、目の前のカウンターに優しそうなおばあさんが座っていた。俺にとっては懐かしい、アスカに食事までごちそうしてくれたおばあさんだ。ざっと店内を見回すと、冒険者が数名いたが、ライアット教授の姿はない。どうやら、店の奥の居住スペースにいるようだ。


 ルークはいきなりおばあさんに話しかけることはなく、まずは並んでいる回復薬ポーションを見始めた。陳列棚には、回復薬ポーション魔力回復薬マナポーションに混じって、《錬金術》Lv3がないと作れない、上回復薬ハイポーション上魔力回復薬マナポーション・ハイ石化治療薬アンチペトリが置いてある。

 このレベルの薬を置いている店は、王都でも数えるほどしかないだろう。さらにソニアと取り引きがあるということは、もうワンランク上の回復薬ポーションだってあるかもしれない。さすがに高価すぎて、店頭には出せないだろうけど。


「これひとつください」


 ルークは手に取った中回復薬ミドルポーションをルシアさんに差し出し、お金を払う。そして、商品を受け取るときに、小声で『奥にいる方に会いたいのですが』と告げた。


 商品を手渡そうとしたおばあさんの目が、僅かに開かれる。


「ちょっと待っていてくださいな」


 そう言い残しておばあさんが、奥の部屋へと消えていく。


 少しして戻って来たおばあさんの後ろから、茶色の短髪、少し神経質そうなおじさんが顔を出した。


(おお、ちょっと老けたみたいだけどライアット教授に間違いないな)


「君達は……ルシアさん、ちょっと奥を借りるよ」


「はいはい、ゆっくりしていってくださいな」


 ルークを見たライアット教授が一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに状況を悟ったのか二人を奥へと案内してくれた。




「君は、キリバス君とソフィア君の息子でルーク君だったかな? 確か武術学院に通っていると聞いていたが、どうしてこんなところに?」


 ライアット教授はルークのことを知っていた。しかもこの辺境の村にいながら、かなりの精度の情報を手に入れているようだ。


「はい、実はケンヤさんにあなたのこと聞いた時、ぜひ聞きたいことがあったので尋ねさせてもらいました」


「なるほど、ケンヤさんの紹介でしたか。確かにあの方なら私のことを知っているでしょう。それで、聞きたいこととはなんでしょうか?」


「実は俺のステータスに見たこともないスキルが勝手についてて、ライアット教授だったら何かわかるかと思いまして……」


「見たこともないスキル? そうか、ケンヤからの紹介なら、私がを持ってることを知っているのでしょうね。勝手についているという状況が、すでにどうしてそうなっているのかわかりませんが、一応話は聞いてみましょう。そのスキルとは?」


「はい、今は【全属性耐性(R)】ですが、その前は【ステータス補正 Lv5(R)】でした」


「何!? 全属性耐性にステータス補正だと!? まさか!?」


 落ち着いた雰囲気だったライアット教授が、突然目の前のテーブルを叩いて腰を上げる。


「すまないが、ルーク君のステータスを鑑定させてもらっていいだろうか?」


 立ち膝状態のまま、興奮気味にライアット教授がルークに尋ねる。


「ええ、構いませんよ」


 ルークはその勢いに戸惑いならも、素直に受け入れる。まあ、黙っていても見れるだろうに、わざわざ断りを入れるところにこの教授の人の良さが垣間見えた。

 というか、ライアット教授も鑑定を覚えたんだな。あの本を手に入れたらからには、持っていた方がいいスキルではあったけど。


 それからライアット教授はルークを鑑定し、唸り声を上げた後黙りこくってしまった。ルークとアスカは、ただただその様子を見守るしかなかった。

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