第32話 変装するならこんな風に
飯屋を出た俺とギルベルトは、大通りを歩いて教団本部である大神殿へ向かった。
途中何度か警備隊の検問に引っかかったが、特に怪しまれることなく通してもらえたのは、ギルベルトの変装が板についていたのと、ついでに俺の外見も多少いじっていた甲斐あってのことだろう。
姿変えという、魔術の中でも初歩の技を使って、俺は髪と瞳の色を変えていた。髪は茶色に、瞳は緑に。エリックとおそろいだ。
器用な魔術師なら、色どころか容姿までそっくり変えてしまえるのだが、俺にはこれが精一杯だ。幸い、俺は元の色がわりと珍しいから、それさえ変えてしまえば何とかなる場合が多いんだけど。
ちなみに、ギルベルトの髪色も、俺がいじって茶にしてやった。他人に術をかけるのは結構難しいのだが、やつの濃い赤毛から多少色素を抜くくらいなら俺にもできる。抜きすぎて白髪になったとしても、やつが相手なら特に心も痛まないし。
「ずいぶん賑わっているんだな」
そんなこんなでたどり着いた神殿の門前で、俺はきょろきょろとあたりを見渡した。
俺が感嘆の声を上げたとおり、神殿の周囲は人でごった返していた。
ざっと見たところ、街の住民と思しき人々が大半で、あとは俺たちと同じ旅装の者、警備役らしき兵士や神官が少しばかりといったところだ。
「こういうときは人が増えるんだろう」
「こういうときって?」
俺が見上げた先で、ギルベルトは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「世が騒がしいときだ。人は不安になると何かにすがりたくなるものらしい」
なるほどな。皇帝暗殺未遂犯がうろついているとなれば、不安にもなろうというものだ。神様に寄っかかりたくなる気持ちもよくわかる。だけど、
「それだけじゃないだろ」
怪訝そうな顔をするギルベルトに、俺は「ほら」と道ゆく人々を手で示した。
神殿へ向かう群衆の中に、小さな花束を持つ人々がいる。決して豪華ではない、道端に咲いているような花々だが、その素朴さが俺の目にはむしろ好ましい。
「あれ、多分おまえのためだろ」
深緑の瞳がゆっくりと見開かれる。
「お見舞いってやつ? おまえの無事を祈りに来てくれているんだろうよ」
花を持って。早くよくなるようにと願いをこめて。
「よかったじゃないか。おまえもけっこう好かれているんだな」
脇腹を肘でつついてやると、ギルベルトは照れたような、困ったような顔で茶色の髪をかき上げた。
「ここに祈りに来ても本末転倒な気がするが……」
たしかに。そもそもこいつを殺そうとしたのって教団長だしな。でもまあ、この際そういう細かいことは気にすんな。
「ここは素直に喜んどけよ」
「いや、もちろん有り難いのだが、申し訳なくも……」
「後でお礼しとけばいいんじゃないか」
「礼とはどうやって」
「んー孤児院建てるとか、道の舗装するとか。俺よりオレグさんに相談しろよ。あの人なら良い案出してくれるだろ」
「……おまえのその、あれに対する信頼ぶりは何なんだ? 本当に初対面なんだろうな、おまえたち」
ぼそぼそと周りに聞こえない程度の低い声で話しながら、俺たちは神殿の門へと続く列に並んだ。
門の前では番兵が参拝客一人一人の顔を確認している。皇帝殺害未遂の下手人が紛れ込んでいないか目を光らせているのだろう。
「顔を見せろ」
番兵の命令に従って、俺たちは外套のフードをとった。
「兄弟か?」
そっか。色が似てるからそう見えるんだな。否定するのも面倒なので、俺は「はあ」とうなずいた。
「そうです。こっちが兄貴で」
んっ、と隣で変な声がした。見れば、ギルベルトがげほげほと咳き込んでいる。
なんだ、どうしたギルベルト。この程度の即興で動じるほど繊細じゃないだろう、おまえは。
「大丈夫か、兄ちゃん」
話を合わせろと目で訴えながら俺が呼びかけると、ギルベルトは「大丈夫だ」と目尻をぬぐった。
「反抗期だったおまえに、また兄と呼ばれる日がこようとは……」
いや、そこまで合わせなくていいんだよ! 誰が小芝居までしろっつった!?
「おおげさなんだよ、兄ちゃんは」
顔が引きつるのを必死にこらえている俺と、感動に肩を震わせている――と見せかけて笑いをこらえているギルベルトを見比べたのち、番兵はあっさり門を通してくれた。「ま、仲良くやんなよ」というお言葉つきで。
「……このクソ兄貴」
先を歩く背中に向かって小声で毒づくと、ギルベルトはいかにも機嫌よさげに振り向いた。
「何か言ったか? 弟よ」
「くたばりやがれっつったんだよ、お兄様」
「なんだ、まだ反抗期か。いいかげん素直に兄の胸に飛び込んできたらどうだ」
ああ、助走つきで飛び込んでやるよ。刃物持ってなあ!
「冗談だ」
俺の殺気を感じとってか、ギルベルトは肩をすくめた。
「今日はいい日だな。予想外の嬉しいことばかりで、つい悪ふざけをしたくなった」
「そりゃあよかったなあ。これでもう思い残すことはないだろう? 後の始末は任せとけ」
「まあ、そう慌てるな」
石造りの階段を登り、俺たちは神殿内に足を踏み入れた。
「先にこちらの仕事を片付けようじゃないか」
耳元のささやきを聞きながら、俺は視界に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
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