第24話 上手な嘘
「落雷があったと聞いたが、大丈夫か」
その晩、いつものように訪ねてきたギルベルトは、俺の顔を見るなりそう尋ねた。
「あー……うん、まあ」
歯切れの悪い回答で勘の良いこいつが「それはよかった」と納得してくれるはずもなく、ギルベルトは椅子に座って足を組むと「それで」と重ねて問うた。
「何があった」
はい、お見通しですね。雷が木に直撃したなんて言い訳、館の皆に通じても腹黒皇帝陛下に通じるわけないですよね。
あと、ヤン爺も若干疑わしそうな目で焦げた樫の木を見つめていたんだよな。ごめん、爺ちゃん。今度珍しい苗木でも持ってくるから、どうか勘弁してください。
「悪かった」
庭師に詫びる代わりに、俺はギルベルトに頭を下げた。
「むしゃくしゃして俺がやりました」
嘘じゃない。俺がやったことも、ものすごくむしゃくしゃしたことも事実だ。事実の全部を告げていないだけで。
ハロルドのことについて、俺はギルベルトに話すつもりにはなれなかった。少なくとも、今はまだ。
あの男は本当に魔王エリアスなのか。それともただの
こんな状況で下手にギルベルトを巻き込んで、万が一にもエリックやアデルに火の粉が飛んだら目も当てられない。
「ほら、おまえもあるだろ? 昔の嫌なこととか恥ずかしいこと思い出して、うわーって物投げたくなっちゃうこと」
「なくはないが……そんなに嫌な思い出があるのか?」
「……縛られるのが趣味のおっさんに愛人契約もちかけられたこととか」
「私にそんな趣味はないぞ!?」
「おまえじゃねえよ! 昔の話!」
くそ、真実味を増すためにいろんな話を混ぜたら、かえってややこしくなった。上手に嘘をつくのって難しいな。
「昔って、おまえ」
俺の肩をつかみ、ギルベルトは低い声で尋ねた。
「その変態の名は?」
わー変態が変態のこと変態って言ってる……て混ぜっ返してる場合じゃなさそうだな。とりあえず、その殺気しまってくんない?
「覚えてないけど」
「年は幾つくらいだった。人相は。職業と住所は?」
「だから忘れたって。そんなこと知ってどうするんだよ。お茶会にでも招待するのか?」
「そうだな」
ギルベルトは物騒な笑みを口元にたたえた。
「ついでに地下牢にも招待してやるか」
そういうの、公私混同っていうんだぞ。あるいは職権乱用とも。
思い出したら言うからと約束して、ひとまずその場は解放してもらった。
例のふざけた商人のことならよく覚えているが、ギルベルトの前では忘れたふりをしているほうがよさそうだ。さすがに他の変態の罪まで被らせるのは気の毒だし。
「とにかく、今後は気をつけてくれ。おまえが魔力持ちだということが広まると何かとまずい」
「わかってる。悪かったよ」
どうやら作り話の衝撃で樫の木の件はごまかせたらしい。
ほっと胸をなでおろした俺の前に、ギルベルトは「ほら」と数枚の紙をさしだした。
「あの男の調査報告書だ。とりあえずのな」
「ああ……」
ハロルドのか。あいつには手を出すなって言ったのに。
「不服そうだな。だが、事がエリックにも関わっているなら、俺も黙って見ているわけにはいかないからな」
「はいはい、わかりましたよ、オジさま」
いまさらだけど、こいつ昨日からちょっと感じ変わったよな。口調もくだけたし、なんというか、被っていた猫がどっかに行っちまった感じだ。
まあ、俺としてはこっちの方が話しやすくて好きだけと……て、いや、好きってそういう意味じゃないからね!?
「どうした、ノア。顔が赤いぞ」
うっかり昨日のことを思い出してしまった俺の顔を、ギルベルトがのぞきこんでくる。
ああくそ、にやついてんじゃねえよ。おまえ絶対わかってて訊いてるだろ。せっかくちょっと付き合いやすくなったんだから、性格も少しは改善しやがれ。
「うるさい、邪魔」
しっしと手をふってギルベルトを追い払い、俺はハロルドの調書に目を落とした。
アヴァン村のハロルド。二十六歳。鍛冶師の息子……ふうん、もとから神聖騎士団にいたわけじゃないのか。
えーとなになに、入団は昨年の冬、シエナの地で魔族討伐の神託を受けたことから……
「どうだ、たいした情報は……」
「ギルベルト」
俺は調書をギルベルトの胸に押しつけた。
「ちょっと出てくる」
「なんだと? 今からか? どこへ……」
遠くへ、だよ。
深く息を吸い、俺は意識を飛ばした。遠く、遠く、夜空の果てまで。
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