第31話

 視界が開け、記憶の世界から現世へと戻る。

 そこにあったのは小さくもただならぬ存在感を放つ祭壇だった。


「……なるほどね」


 聖女アメリアの記憶……前世の私がどんな経験をし、どうして転生という道を選んだのかを知った。

 彼女の‪悔恨かいこん‬。願い。

 そして当時の王家の過ち。

 断片的な記憶ではあったが、今までのものとは違いより鮮明に頭に焼き付いている。


 そして私はこの記憶を知った今、彼女とは違った感情を抱いてしまった。


 それは"気持ち悪さ"だ。


 これまで大地震、そして邪神の襲来は全て天災だと思っていた。

 だけどそれは当時の愚王が犯した過ちーーつまりは人災だった。

 にも関わらず当時のアメリアは、その身を捧げることで国を救った。


 その行動原理の歪さに対して、吐き気を覚えるほどの気持ち悪さが込み上げる。

 だが、それは彼女アメリアリシアが、完全な同一存在ではないことの証明になった。


「……馬鹿な人。そんな事をしても、彼は帰ってこないのに」


 当時の彼女は心身共に疲れ切っていて、半ば当てつけのように勢いのまま邪神封印を買って出たのだろう。

 しかし、そのせいで子孫が不幸な目に遭っているのだからタチが悪い。

 だが、心のどこかで彼女の行いを理解してしまう自分がいるのも事実だった。


「あなただったら、私の行いをどう評価するのかしら」


 祭壇に向かって問いかける。

 中途半端に記憶と力を引き継いたが故に、こうして秘術が解かれ、大地震が引き起こされ、邪神が復活してしまった。

 そういう意味では、私と彼女は、お互いに拭いきれない大罪を背負った者同士だ。


「――でも」


 そして二人の罪をすすぐ方法はただ一つ。

 星剣士と共に邪神を討つ。それしかないだろう。

 結局は彼女が思い描いた未来予想図の上で転がされているような気がしてならないけど、


「……私だって、護りたいものくらいある」


 お父様をはじめとした一族のみんな。

 マルファさん、アラディン殿下、リリアーヌ様、そして何より――ヴィリス殿下。

 

 正義感が強いあの人なら、きっとこれこそが自分の役目と考えて勇敢に邪神に挑むだろう。

 その時私は、隣で彼を守って戦いたい。

 いや、戦わなければならないのだ。

 そうしなければきっと、私はまた、大切な人を失うことになる。


「そうでしょう。アメリア」


 再び問いかける。

 すると祭壇が淡い緑色に輝き出した。

 まるで私の想いに応えるかのように、優しく温かい光が飛び出して、私の体に絡みついていく。


「――貰うのは力だけ。あなたは私の後ろで黙って見ていて。それがあなたにできる唯一の贖罪よ」


 答えは返ってこない。

 だが光はそれに呼応するかのように段々と私に吸収されていき、それと共に胸の奥が熱くなっていく。

 彼女は転生の際に、自身が積み上げてきた力をそのまま転生先に移すのは危険だと判断したのだろう。

 だからこそここに力の根源を蓄え、肉体の成長と共に引き継ぐためにこの祭壇を残したのだ。


「……想像通り、凄い力ね」

 

 全身に力がみなぎる感覚。

 今ならなんでも出来そうと錯覚するほどの強大な力だ。

 これならばきっとヴィリス殿下の足を引っ張ることはないだろう。


「――さて、行こうか」

 

 私はリシアとして邪神と戦い、そして勝利する。

 決してアメリアの転生体としてではない。

 彼女は尻拭いをしてもらう様を眺めることしか許さない。


 だけど、その代わりに約束する。

 あなたの大切な人の生まれ変わりは、今度こそ必ず護ってみせるわ。

 何故ならその人は――


「私の大切な人だから」


 私は祭壇に背を向け、ゆっくりと歩き出した。

 

 

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