第30話 聖女アメリアの悔恨

「また妖精達と話していたのか?」


「――うん。この子たちはいろんなことを知ってるから」


 幼い頃から、アメリアには不思議な力があった。


 人ならざる存在を認識し、言葉を交わす。

 枯れた土地を一瞬で緑化する。

 動植物を異なる性質へと進化させる。

 触れただけで傷を癒す。


 など、彼女に出来ることを挙げればキリがない。

 それでいて他者に頼まれた時、乞われた時に彼女は決して断らず、寄り添い、手を差し伸べる。

 その高潔な精神と神の如き奇跡を行使するアメリアのことを、人々は聖女と呼んだ。


「常に話し相手がいるというのは退屈することもなくて良いな。僕も一度は彼らと話してみたいものだ」


「良いことばかりでもないよ? だって妖精達に人間の生活リズムなんて関係ないから、ご飯食べてる時も寝てる時もお風呂入ってる時もお構いなしで喋りかけてくるもの」


「それは……少々鬱陶しいな」


「でしょ? 最近は少し気を遣ってくれる子も増えたけど、妖精はたくさんいるから伝えるのが大変なの」


 アメリアには、一人の友人がいた。

 それは教会で雇われ、忙しい日々を送るアメリアにとって唯一気のおける友人。

 町外れの空き地で共にお忍びで遊ぶ男の子。


 名をルインと言う。

 彼の正体はディグランス王国の第一王子。

 次期国王候補として日々勉学に励む、自由な時間が少ない仲間だった。


「そうだ。そんなことよりもだ、今日はお前にプレゼントがあるんだ。ほら、これ」


「わ、かわいいお花の髪飾り! これ、くれるの?」


「ああ。お前、もう少しで誕生日だろ? ほんとは当日に渡したかったんだが、その日は忙しいと思ってな」


「ありがとう! 早速つけてみるね!」


 アメリアの誕生日は聖女生誕祭と呼ばれ、盛大に祝われる。その日は朝から晩まで教会で来客の相手をしなければならないので、ここに来る余裕はない。

 やや照れくさそうに頬を赤く染めながら手渡してきたそれを、アメリアは自身の髪に取り付けた。


「どう? 似合う?」


「あ、ああ。とても似合ってる」


「えへへ、ありがとう!」


 大切な友人・・からのプレゼント。

 アメリアは心の底から喜んだ。

 そして想い人・・・にプレゼントを受け取ってもらったルインもまた、嬉しそうに笑うのだった。


 忙しくて大変なことも多いけど、充実していて幸せな子供時代を過ごした。


 そんな二人に転機が訪れたのは、アメリアが18歳の誕生日を迎えた直後だった。


「邪神、復活せし。女神より星剣を託されし星剣士、これを討たんとす」


 いにしえの女神と戦い、封印されたとされる邪神。

 その復活を告げる神託が降りた。

 それと共に世界中に魔なるものが解き放たれ、世界は恐怖に包まれた。


 しかし女神は人々に希望を与えた。

 星の力を宿した剣を以って邪神と戦う勇者ーー星剣士の存在だ。

 隣国アガレスの王子だと言う彼は、早速旅の仲間を求めた。

 次々と腕に覚えのある勇士達が名乗りをあげたが、彼はただ一人の少女を指名した。


「聖女アメリア。俺と共に戦ってくれないか?」


 ディグランスの教会を訪れ、直接アメリアに仲間になることを求めた彼の名はラウル。

 鍛え上げられた肉体と、まっすぐな目を持つ好青年だった。


「……ねえルイン。私、星剣士様と一緒に邪神と戦うことにしたんだ」


「なっ……本当に行く気なのか!? お前はその……聖女だろ? 戦士ではないはずだ。なのになんで……」


「星剣士様はこう言ったわ。あなたはこれからの戦いに必要な仲間だと。邪神と戦う上で欠かすことのできない存在だと」


「だからって、そんな……」


「悩んだけど、私は戦うことにしたわ。大好きなこの国を、この世界を守るために」


 世界を救うために戦うことを決断した星剣士様が直接指名したのだから、それはきっと運命なのだろう。

 アメリアはそう確信し、ラウルの誘いを受けることに決めた。

 初めて会う人だったけれど、この人なら自分の命を預けられる。

 そんな気がしていた。


「アメリア……世界のために戦う決断をした君を、僕は称賛するべき立場だ。でも、これだけは約束して欲しい」


「約束……?」


「絶対に生きて帰って来てくれ。命が危なくなったら引き返してきて良いから……その時は僕も戦うから……」


「……分かった。約束する」


 アメリアがそう言うと、ルインは不安そうな表情を少しだけ緩めた。

 大切な友人・・の言葉だ。

 胸に秘めてこれからの戦いに臨もうと決意した。


 それから星剣士ラウルとの旅が始まった。

 邪神はディグランス及びアガレスからは遠く離れた別大陸に封じられていた。

 どうやら完全復活までに時間を要するらしく、封印の地に止まりながら配下を世界に散らせて負のエネルギーを集めているらしい。

 故にその地まで仲間を集めながら向かう必要があった。


「ラウル様は邪神と戦うのが怖くはないのですか?」


 ふとある日、そんなことを聞いたことがある。

 邪神の配下に対して何度も傷つきながらも星剣を片手に勇敢に戦うラウルの姿を見て、この人に恐怖と言う感情はあるのか気になったからだ。

 アメリアは最初の戦いでは体が震えて満足に動けなかった。

 その時もラウルが身を挺してアメリアを護り、敵を斬り伏せたのだ。


「――怖いさ。怖いとも。相手は人間を超越した存在。本当に俺の剣が通用するのかすら分からない。でもさ、俺には護りたい人たちがいるんだ。家族、友達、家臣、そして愛すべき民。お前にも、いるんだろ?」


「……はい」


「そんな大切な人たちの平和が脅かされている時に、俺は最前線で戦う事が出来る力が与えられたことが嬉しいんだ。兄上たちだって本当は国を護るために戦いたいはずなのに、それを抑えて俺に託したんだ。そんな俺が、逃げるわけにはいかないだろ?」


 なんと高潔な人なのだろうと、素直に思った。

 世界のために戦うことを強要された立場なのに、それを嬉しいとまで言ってのけるその心の強さ。


「ま、安心しろよ。いざとなったらお前のこともちゃんと俺が守るからさ! でも、その時まではちゃんと俺の事を全力で支えてくれよな!」


 曇りのない笑顔でそう言ったラウルに、アメリアは味わったことのない感情を得た。

 それが恋心であるという事に気づくのはもっと後――すべてが終わってからだった。


 それからラウルとアメリアは世界中を旅した。

 各地で邪神の配下を打ち倒しながら、邪神と戦える仲間たちを一人二人と増やしながら。 

 二人で始めた旅が、気づけば八人になり、星剣士ラウルと聖女アメリアの名は多大なる実績と共に広まっていった。


 そしてついに、決戦の時を迎えた。

 この世のものとは思えない異形――竜とも獣とも悪魔とも例えられるその者は自らを渇望かつぼうの邪神ポトスカーマを名乗った。


「忌まわしき女神の子らよ。貴様らを消し、この世を虚無に返してくれよう!」


「黙れ! 俺は星剣士ラウル。お前を必ず討ち倒し、世界の平和を取り戻してやる! 行くぞ!」


 ラウルの宣言と共に、戦いが始まった。

 邪神は星剣による一撃でしかその息の根を止めることが出来ない。

 故にアメリアたちはラウルの攻撃を全力でサポートし、彼を中心にダメージを与えていく戦い方しかできなかった。


 選ばれた仲間たちはいずれも特殊な力を持つ世界最高峰の戦士。

 彼らは最低限の言葉で最高峰の連携を披露し、邪神を徐々に追い詰めていく。

 アメリアもまた、自身の生まれ持った力と長旅で身につけた技術で仲間たちをサポートした。


 しかし――


「クソッ……」


「これほどとは――」


 相手は神の名を冠する怪物。

 簡単に倒させてくれるはずもなく、仲間たちは徐々に消耗し、逆に追い詰められていく。

 そうすればだんだんと連携が甘くなり、ポトスカーマはそこを的確に突いてくる。

 足場が大きく揺れ、バランスを崩したアメリアの下に大量の闇色の球体が飛んできた。


「しまっ――」


「アメリア! あぶねえっ!!」


「ラウル!!」


 間一髪でラウルがその間に割り込み、星剣でそれを消し飛ばす。

 しかしそのうちの一つがラウルの左腕に直撃してしまった。

 彼も息を切らし、体力を大きく消耗していた。

 それでも彼はまだ、戦意を削がれてはいない。


 ラウルは自らを鼓舞するように大声を上げ、再びポトスカーマへ近接戦を仕掛けた。

 そしてそれを見た仲間たちも皆、切れかけていた集中力を取り戻し、再度戦いを挑む。


「ぐ……小賢しいっ!」


「おおおおおおッッ!!」


「ぬ、ぐおぉぉ!?」


 そして遂に、その時が訪れた。

 ラウルの星剣がポトスカーマの肉体に深く突き刺さった。

 これは決定打だ――誰もがそう確信した。


「ク、ハハハハハッッ!! 見事――見事なり星剣士よ! よくぞ我を打ち倒した――だが、貴様だけでも連れていこうぞ!」


「くっ!? お前――」


 ポトスカーマの全身から噴き出た漆黒の霧が、ラウルの体を包み込んだ。

 ラウルは慌てて星剣を抜いて逃れようとするが、深く突き刺さったそれはピクリともしない。


「ラウル! 今助けるから――」


 アメリアは己に残されたすべての魔力を使ってラウルを救出しようと試みた。

 しかしそれは邪神の最期の執念が宿ったモノ――アメリアの聖なる力すらも弾き飛ばし、ラウルごと崖下へと落ちていく。


「わりぃ! アメリア! あとは任せた! コイツだけは絶対に倒すから!!」


「待って! ラウル! 行かないで――」


 ラウルは星剣を抜くのをやめ、より深く突き刺す道を選んだ。

 逃れようとするのではなく、逃がさない。

 ここで確実に邪神を仕留めると。

 最期に、ラウルは笑っていた。


 それからアメリアは重い体を必死に動かしてラウルの後を追った。

 しかし見つかったのは――体の大部分を失ったラウルの遺体と地面に深く突き刺さった星剣だった。


「あ……あぁ……」


 間に合わなかった。

 七人も仲間がいたのに、最後は一人で戦わせてしまった。

 私にもっと力があれば――もっと強ければ。

 ラウルを死なせることなく戦いを終えられたのではないか。

 アメリアは生まれて初めて己の無力さを呪い、激しく慟哭した。


「……アメリア。帰ろう」


「ラウルを、弔ってあげないと」


「…………うん」


 星剣士ラウルは見事邪神を討ち、女神の下へ召された。

 誰もが役目を果たしたラウルを称賛するだろう。感謝するだろう。

 だけど大切な存在を失った者の表情が晴れることは無かった。


 ♢♢♢


「ラウル……お前の体だけでも連れて帰れてよかったよ」


「アメリア、お願い」


 ここは先の戦いで命を落とした大切な人――ラウルを弔う場所。

 隣には長い旅路を共にした、かけがえのない仲間たち。

 アメリアは彼のお墓の前に立ち、ゆっくりと目を閉じた。


「……ラウル。あなたと平和な世界を一緒に生きて見たかったよ」


 天に負わす女神の下へ旅立った彼に語り掛ける。

 息を吐き、手を伸ばし、捧げられた花々へと意識を向ける。

 アメリアが一言、声をかけると花々はまるで星のように輝きだし、それらはやがて宙に浮き、一つの球形を成す。

 そして破裂音と共に花びらを散らせ、土に撒かれていった。


「綺麗……!」


「美しい――さすがは聖女アメリア。素晴らしい力だ!!」


 仲間たちから歓喜の声が上がる。

 アメリアを称える声が聞こえてくる。

 気づけば彼のお墓は美しい花畑に囲まれていた。


 仲間の一人が、アメリアの肩をポンと叩く。


「きっとラウルも喜んでいるぜ。アイツも大好きだったお前を護れて良かったって思っているだろうよ」


 彼は笑っていた。でもそれが作り笑いであることは分かっている。

 それでも、アメリアは涙をあふれさせながら笑い返した。

 やがて彼らはアメリアに一言をかけてから散っていった。


 最後に一人、残されたアメリアは、


「……さようなら、ラウル。私もあなたの事、大好きだったよ」


 そう言って彼の墓を後にした。


 ♢♢♢


 ディグランスに帰国したアメリアは、酷く荒れていた。

 ラウルを失った悲しみは決して癒えることなく、聖女としての仕事もこなせずにずっと自室に引きこもる毎日。

 教会の人間もアメリアの心情を察して無理矢理働かせるような真似はしなかったので、彼女はひたすら妖精たちに悲しみをぶつけながら塞ぎ込む日々が続いた。


 何が聖女だ。何が英雄だ。

 大好きな人一人守れない自分に、そんな称号は何の価値もなかった。


「アメリア……頼む、一度でいい。外に出てきて顔を見せてくれ」


 時折、ルインが自室の前にやってきた。

 彼はずっと扉の外からアメリアに語り掛け、その心の傷を癒そうと努力した。

 しかし心を閉ざしたアメリアにその言葉は届かなかった。


 しかし数年後、アメリアの人生は大きな節目を迎えることになる。

 ディグランス王国が戦争を引き起こしたのだ。

 ラウルが邪神を討伐し世界に平和を取り戻したばかりだというのに、宝の山とも称される大鉱山の利権を巡って争いを仕掛けた。


 愚かだ。アメリアは一言、そう呟いた。

 何もかもがどうでもよくなっていた彼女だが、ラウルが命を捨ててまで取り戻した平和を乱す行為には強い怒りを覚えた。

 でも、それを咎めることは出来ない。

 自室にこもりながら、妖精たちと会話する日々に変わりはない。


 そう思っていたのだが――


「アメリア! 頼む……出て来てくれ。邪神が――復活してしまったんだ!」


「――は?」


 ある日、久しぶりにルインが来たかと思えば、彼は信じ難い一言を放った。

 邪神が復活した? 何を言っているんだこの男は。

 そんなことあるはずがない。


 あるいは、そう告げれば自分が部屋から出て来てくれると思ったのだろうか。

 その浅はかさに軽蔑すら覚えた。そんな事、あり得るはずがない。


 でも、万が一本当だったら?

 そんな予感が頭によぎった。

 急に不安になったアメリアは、妖精たちに尋ねた。

 すると彼らはなんの躊躇もなく、邪神が復活したと告げた。

 それと同時に邪神は一体だけではないという事実も……


「今はもう、頼れるのはお前しかいないんだ――頼む! アメリア!」」


 外から聞こえてくる必死な声に対して、アメリアは言葉を失っていた。

 そんな絶望があり得るはずがないが、妖精たちは決して嘘を吐かない。

 アメリアは深く頭を抱えた。


 邪神が復活したのなら、星剣士も復活するべきだろう。

 そう思ったが、もし星剣士が蘇ったのであれば、ルインがアメリアの事しか頼れないなんて言うはずがない。

 考えに考え抜いた末、アメリアは外に出ることを決めた。


「――なに、それ」


 そしてルインから事情を聴いたアメリアは絶句した。

 曰く、国王が大地の神なる超常存在の声を聴き、その封印を解けば戦争に勝てる絶大な力を得られると吹き込まれ、いざ言われるがままに封印を解くと、その正体が大地の邪神エメシュヴェレスを名乗る存在だったとの事。

 そしてエメシュヴェレスは瞬く間に相手国を大地震で滅ぼすと、次はディグランスも同じく地震で滅ぼすことを宣言された――らしい。


 道理で最近地震が多かったわけだ、と納得したアメリア。

 それと同時にふざけるなと思った。


「私たちが――ラウルが、その命を捨ててまで倒した邪神を、そんな軽々しく復活させるだなんて!」


「――僕もその事を聞いたとき、父上に怒りを覚えた。が、父上はその後すぐに命を落とした。邪神に命を吸われてしまったようなんだ……」


 もう、ルインの言葉は耳に入ってこなかった。

 アメリアが認識できた事実はただ一つ。

 星剣士たるラウルが存在しない世界に、邪神が復活してしまったという絶望だけ。


 妖精たち曰く、まだエメシュヴェレスの封印は完全には解けていないらしい。

 今ならまだ、何とかなるかもしれないと彼らは無責任なことを言った。


「アメリア――」


「ルイン。もう黙って。私、行くから」


「ま、待つんだ! 僕も一緒に――」


「付いてこないで。私が……何とかするから」


 アメリアはルインを冷たく突き放すと、自身の魔法で邪神の下へ向けて飛び立った。

 これはディグランスのためでも、増してルインたち王族の過ちの尻拭いをするためでもない。

 ただ、大好きだったラウルが命を懸けて守り抜いた世界に、邪神が存在することが許せなかっただけ。


「俺は大切な人たちのために戦える力があることが、嬉しいんだ」


 彼はあの時、そう言っていた。

 私にも、大切な人たちはいた。

 彼を失った今、それを大切だと想えなくなってしまっていたけれど、確かに私には護るべき人達がいた。

 そして今、私には戦う力がある。


 だったら、私だけ逃げていいはずなんて――ないよね?


 アメリアは自分にそう言い聞かせた。

 彼女には一つだけ勝算があった。

 それは邪神を倒す術ではない。

 ただ、邪神の力を抑え込み、封じる力。

 ラウル亡き後、あの時私に欲しかった力をひたすら追い求めた答え。

 それを使うのだ。


 ♢♢♢


 薄暗い森の中。

 落ちかけの太陽の光が、多くの葉を宿した木々の間をすり抜けて幻想的な景色を生み出している。

 だが、美しいのは見上げた空だけだ。


 足元に広がる大地は、まるで不規則に振動を起こしていた。

 そのたびにアメリアは転ばないように体勢を変え、収まってからまた歩き出す。

 ところどころ根が盛り上がり、深い亀裂や段差が発生している荒れた地面。

 それは先に進めば進むほど酷くなっていき、彼女が足を止めた場所にはそこが森であったことを疑うまっさらな空間が広がっていた。


 もともと普通の森だった場所に爆弾でも落ちてきたかのように、足元を見れば巨大なクレーターが出来上がっている。

 そこにあった木々は吹き飛ばされ、いびつな形をしたままクレーターの周りに転がっていた。

 さらには薄紫色の怪しげな瘴気が蔓延しており、息苦しささえ覚える程に。

 酷い有様だ。誰が見ても分かる、最悪の状態。


 そしてまた、歩き出す。

 今度はクレーターの淵に立ち、ゆっくりと視線を下ろしていく。

 そこにあったのは薄黒いナニカ・・・

 球体をしたそれの中には、ヒトガタをした生物が潜んでいた。


「――――――ッッ!!」


 ソレ・・はすぐさまアメリアの存在に気付き、咆哮した。

 言葉にならない奇声。音は聞こえないけれど、それが酷く不快なモノだという事だけは分かる。

 そして声は大地に響き、大地は激しい揺れを引き起こす。


 揺れはやがて地震へと成長し、立っているのも困難なほどに激しい振動となる。

 クレーターの外。さらに広い範囲の木々が、支えを失って倒れていく。

 アメリアは、先端の宝石が光り輝きだした杖の足で大地に突いた。

 すると杖から優しく鮮やかな空色の光があふれだし、アメリアを包み込んでいく。


 そのチカラでアメリアはほんのわずかに大地から浮き、揺れから逃れた。

 そのままゆっくりと浮き進み、クレーターの中心で暴れるナニカの下へと。

 そして口を開く。


「私はアメリア。星剣士ラウルに変わりアナタを封印する者よ」


 その名を聞いたは今一度激しく咆哮し大地を、そして空を激しく揺らす。


 されど空色の光に守られているアメリアには効かない。

 そして鋭い視線を投げつけたのちに、杖の先端を彼に突き出した。

 彼は何か、声を発していた。

 強く訴えかけてくるような、或いはこちらを挑発するような。

 そんな言葉が投げかけられる。

 だが段々とその声は焦りを含み始め、遂には懇願。助けを乞うようなモノになった。


 ――やめろ


 ――邪魔を、するな


 ――あと、少しなのに


 そんな悲痛な感情が、アメリアに押し付けられる。

 それでも止めない。その手を緩める事は、一切なかった。

 ただ淡々と呪文のような言葉を口にし続け、その言葉が紡がれるたびに宝石が放つ光が輝きを増していく。


 そしてついに、術式は完成した。

 悲願、焦燥、そして絶望。ありとあらゆる感情の渦に飲み込まれそうになりながらも、それは形となった。

 杖から放たれる光は最大限の輝きを以って黒の球体に絡みつき、爆発にも似た激しい発光が視界を包む。


 そして次の瞬間――黒い球体には空色の光で不思議な紋章や文字が、まるで鎖のように刻み込まれていた。

 大地の揺れは鎮まり、不穏な瘴気は晴れた。


「ぐっ……」


 直後、体が異常なまでに重くなる。

 いかにアメリアの力が強大とは言え、人の身で邪神を封じ込めたのだ。

 それは女神の御業にすら近づく奇跡。

 だがその強度は本来のそれには遠く及ばない。

 アメリア一人の力ではその封印を永遠に維持し続けることは不可能だろう。


 だからアメリアはその封印に期限を設けた。


「数百年後、星剣士が――ラウルが生まれ変わるその日まで、眠りなさい」


 そう、邪神を倒せるのはこの世で星剣士のみ。

 だからこそ待つのだ。

 己の全てを賭けて。いや、それだけでは足りない。

 自身の子孫すらも巻き込んで、その時を待つ。


 この秘められた術式を己の血を継ぐ全ての者に刻み込み、封印を維持し続けさせる。

 己の命尽きた後も邪神が復活することのないように。

 しかしそれは罪だ。

 まだ見ぬ我が子、我が子孫全てに邪神封印と言う重荷を背負わせるのだから。


 だからその罪はいずれ清算しなければならない。

 星剣士が生まれ変わり、邪神を討つその日に、自らも戦いの場にいるべきだ。

 その後、子孫のこれまでの献身に感謝し、謝罪をする。


 そのためにアメリアは転生を選んだ。

 己の記憶と力、その全てを引き継ぎ、戦うのだ。

 そしてラウルの分まで次の星剣士を護って見せる。


「――数百年後にまた、会いましょう」


 答えは返ってこない。

 答えを聞くのは数百年後の自分だ。


 数十年後、アメリアが寿命を迎える日、転生の術式が発動した。


 そして転生は――失敗した。

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私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜 あかね @akanenovel1

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