第22話

「なあリシア。お前、明日は暇か?」


 食事の席で、唐突にヴィリス殿下が言った。

 明日どころか向こうひと月は少なくとも予定がない私なので空いていると伝えると、ヴィリス殿下はややバツの悪そうな表情をしながら頭を掻く。

 なんだろう。厄介ごとだったらちょっと嫌なんだけど……


「あーその、なんだ。兄上がな。お前を招いて話がしたいって言いだしてな。何故かは知らんが」


「アラディン王太子殿下が、ですか?」


「そうそう――ってなんでアラディン兄上の方だって分かったんだ? オレの兄上は二人いるんだぞ?」


「あ、いえ。以前城下町に出た際にたまたまアラディン殿下とお会いしたので、てっきりそうなのかと」


「なんだよ、そういう事か。ちなみにどんな話をしたんだ?」


「ええと、特に変わったことは……軽食とお茶をご馳走になり、城下町のおすすめ観光スポットなどを教えていただいたくらいですかね」


「ふーん、兄上と外食したのか。そうかー」


 あれ。私、答え間違えた?

 そのまま事実を述べただけなのだが、ヴィリス殿下はどこか面白くなさそうな表情をしている。

 ああ、そう言えばアラディン殿下の婚約者さんへの贈り物の相談にも乗ったっけ。

 それも言うべきなのかな?


「ま、暇なら行っといたほうが良いだろうな。あの兄上が仕事以外で個人を呼び出すなんて滅多にない事だし」


「分かりました。明日、向かいます」


「……リシア。一応改めて確認しておくが、お前を預かっているのはオレだからな」


「……? はい。承知しております」


「ならいい。その事、忘れるなよ」


 言っている意味がイマイチよく分からなかったが、とりあえず「はい」と頷いておいた。

 しかしアラディン殿下が私を呼び出すとは一体何の用なのだろう。

 また婚約者さんに関する相談かな?

 正直私は所謂一般的な貴族令嬢と言う存在とは感性がややズレている自覚があるので、あまり参考になるようなことは言えないと思うんだけどな……


 ♢♢♢


 翌日。私は指定された時間より少し早く、アラディン殿下が住まう屋敷へと足を運んでいた。

 そして屋敷の使用人らしき男性に声をかけると、彼は屋敷の主人を連れて戻ってきた。

 体格が良く、次期国王たる迫力を持ちながら、現国王との確かな血の繋がりを感じさせる温和そうなお方。

 彼は私を見ると美しい笑顔で歓迎してくれた。


「やあリシア殿。急に呼び出しなんてしてすまないね。よくぞ我が屋敷へ来てくれた」


「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。アラディン殿下」


「さあ、中に入ってくれ。お茶を出そう」


 案内されるがままに建物へ入っていく。

 ヴィリス殿下の屋敷と比べると少し豪華と言った印象を受けるが、無造作に光るものが並んだギラギラとした空間と言う訳ではなく、その場所に相応しい芸術品が置かれていると言った印象を受ける。

 芸術に関しては素人の私だが、この空間を整えた人は美的センスが良いなと感じた。


 そして辿り着いた部屋には一人の美しい女性がいた。

 青と白を基調としたドレスを身に纏った長い金髪の彼女は、やや幼さを残しながらも整った顔立ちをしている。

 女性にしては背丈が高めの私と違い、小柄で可愛らしいと言った印象を受けるな。


「紹介しよう。彼女はリリアーヌ。エクターヌ公爵家の令嬢にして私、アラディンの婚約者でもある」


「お初にお目にかかります、リシア様。ご紹介に与りました、リリアーヌ・フォン・エクターヌと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って彼女――リリアーヌは、まるで手本のような美しい礼をした。

 そうなれば私も挨拶を返すのが当然の礼儀。

 貴族ならざる私ではあるが、その手の礼儀作法は幼い頃からきっちり叩き込まれているので礼を失することはないだろう。


「ご丁寧にありがとうございます。リリアーヌ様。リシア・ランドロールと申します」


「よし。挨拶が済んだことだし、早速始めようではないか」


 殿下のその合図で私たちは指定された席に着く。

 小さな丸テーブルの上には様々なお菓子と良い香りのする紅茶が並べられている。

 どうやら今回は茶会のお誘いだったようだ。

 私はアラディン殿下とリリアーヌ様がカップに口を付けたのを確認してから紅茶をいただいた。


 熱すぎず、温すぎず。絶妙な温度だ。

 カップを口元に近づけると、茶葉の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、独特の苦みとほんのり甘い味わいが口の中に広がる。

 これは美味しいな。今までに味わったことがないタイプの紅茶だ。


「それには西のストルウェア国から取り寄せた茶葉を使用しているんだが、気に入っていただけたかな?」


「はい。上品な香りもさることながら、深い味わいですね。好みの味です」


「それは良かった。さあ、菓子も遠慮なく食べてくれ」


「ありがとうございます。いただきます」


 アラディン殿下とリリアーヌ様からお菓子の紹介を受けながら楽しい茶会の時間が過ぎていく。

 そしてある程度落ち着いたタイミングで、リリアーヌ様が私にあるものを見せてきた。

 それは一本の枝だった。


「リシア様。先日は素敵な贈り物をありがとうございました。宝石のような美しい実に手を付けるのは少々躊躇いがありましたが、今までに味わったことのない美味しさ故につい全て頂いてしまいました」


 なるほど。アレは先日アラディン殿下にリリアーヌ様用のプレゼントとしてお渡ししたレッドベリーの枝だったか。

 ちゃんとリリアーヌ様にも気に入っていただけたようで何よりだ。

 そう言えばアラディン殿下はリリアーヌ様を怒らせてしまったと言っていたが、今の様子を見る限り無事解決したみたいで良かった。


「これはどこで売っていたのかをリリアーヌに問われてな。リシア殿の名を出したらぜひ会いたいというものだから、今回こうして声をかけさせてもらったという訳だ」


「本日はわたくしのわがままでご足労いただいて感謝しております。しかしあのように植物を美しく育て上げたのは一体どのようなお方なのかをどうしても知りたく、アラディン殿下にお願い申し上げた次第です」


「あれは……私のちょっとした特技のようなものでして。リリアーヌ様のようなお方にお褒め頂いて光栄です」


「そこでリシア様に一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 お願い、か。

 話の流れからして恐らく植物に関連する何かなのだろうけど……

 大丈夫かな。私の手に負えるものだといいのだけれど。


「私に出来ることであれば、喜んで」


「まあ。ありがとうございます! ではその物を持ってまいりますので、アラディン殿下。リシア様。少々失礼いたします」


「ああ」


「はい」


 そう言ってリリアーヌ様は私たちに軽く頭を下げ、席を外した。

 まもなくして彼女は鉢植えのようなものを持って戻ってきた。


「これは異国から取り寄せたラスズリと言うお花の種を植えたものなのですが、いくらお水を上げても育たないのです。ラスズリの花は正しく育てるとそれはもう綺麗な美しい青い花を咲かせるそうなのですが、やり方が間違っているらしくこの通り枯れそうになっているのです」


 鉢植えの中心にはやや茶色みがかった小さな芽が倒れこんでいた。

 確かに彼女の言う通り、このままでは間違いなく花を咲かせる前に枯れてしまうだろう。


「恐らく育つための栄養が足りていないのでしょうね。土などはその国のものを用いていますか?」


「いえ……アガレスの土を使用しておりますが……」


「その土地の土からしか取れない栄養分や気候による影響などもあるのかもしれませんね。もし今後異国の植物をお育てになる場合は、なるべく現地に近い環境を用意するとよろしいかと思います」


 普段から植物を育てている人からしたら常識なのかもしれないが、リリアーヌ様はそのあたりにはあまり詳しくなかったのかもしれない。

 周囲の人は誰か教えてあげなかったのかな?


「な、なるほど……しかしこの子は今から土を変えても間に合うのでしょうか……?」


「ここまでくると厳しいかと思います。しかし今ならまだ間に合うでしょう。その鉢植え、お借りしてもよろしいですか?」


「は、はい! もちろんです!」


 私はリリアーヌ様から鉢植えを受け取り、今にも命を落としそうなその小さな芽に対して優しく語り掛けるようにエネルギーを注いでいく。

 ついでに土の方にも私の力を分け与えておこう。

 このままではせっかく花を咲かせてもすぐ枯れてしまうだろうしね。


 そしてしばらくすると、小さな芽は美しい緑色を取り戻し、元気に立ち上がり、そのままぐんぐんと成長していく。

 そして十分な高さまで達した時、蕾を成し、開花の時を迎える。

 間もなくしてやや刺々しく、青く透き通ったまるで鉱石のような美しさを持つ花が咲いた。


「わぁ……」


「おお……」


 二人は感嘆の声を上げる。

 そういう反応を見ると、私はちょっと誇らしい気分になる。

 そして綺麗な花を咲かせたそれをリリアーヌ様に手渡した。


「ありがとうございますリシア様! とっても綺麗ですね!」


「はい。無事立派に育ってくれてよかったです」


「流石だな。これほどの芸当が出来る者はそうはいまい」


「ありがとうございます」


 リリアーヌ様の頼み事も無事解決し、茶会が再開した。

 しかし楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎてしまうもので、お開きの時間となる。

 その帰り際、アラディン殿下からこんな提案があった。


「……もし、リシア殿さえよければ、ヴィリスの下を離れて私の下に来ないか? リリアーヌともウマが合いそうだし、何よりその才能はもっと称賛されるべきだ。どうだ、より良い待遇を約束するが……」


「まあ! それは素晴らしい提案です! リシア様が近くにいてくだされば、私もとても嬉しいです!」


 おっと。まさかそういう展開になるとは思わなかった。

 しかしここに来る前に、ヴィリス殿下に言われた言葉が私の頭によぎる。


「……リシア。一応改めて確認しておくが、お前を預かっているのはオレだからな」


「……? はい。承知しております」


「ならいい。その事、忘れるなよ」


 アレはひょっとしてこうなることを見越して言っていたのかな。

 だとしたらここで言うべき答えは決まっている。

 私はヴィリス様とマルファさんがいるあの空間を気に入っているし、居心地も良い。

 何か貢献できているわけではないが、ヴィリス殿下が行くなと仰ってくださるなら、アラディン殿下の下へ行くわけにはいかないだろう。


「申し訳ございません。ありがたいお誘いではありますが、私はヴィリス様にお世話になっている身。その申し出をお受けする訳には……」


「そうか。ならば仕方あるまい。リシア殿がヴィリスのところを気に入っているのであれば無理な引き抜きはできない」


「残念ですが、リシア様がそうおっしゃるのであれば致し方ありません……」


「とは言え既に私たちは茶会を共にした者同士。是非また足を運んでくれ。その時は歓迎しよう」


「ありがとうございます。また是非お伺いさせていただきます」


 そう言って私はアラディン殿下とリリアーヌ様と別れた。

 今までに何度も茶会と言うものに参加したことがあるが、ここまで楽しめたのは初めてだったかもしれない。

 ランドロール家のためにも、そして私個人のためにも、今後とも良い関係を築いていければいいなと改めて思った。



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