第21話
ヴィリス殿下の下で生活し始めてからおよそ1週間が経過した。
家事が全くできない私にやることなんてあるはずもなく、この1週間はただひたすら読書に
まあこれに関してはただ遊んでいるだけではなく、アガレス王国に関連する知識の補強や今後役に立ちそうな技術の吸収が目的ではあったのだが。
「あ、リシアさん。ちょうど良いところに! もしお暇ならこの書類をヴィリス様に届けてくれませんか?」
「はい。任されました」
廊下を歩いていると、相変わらず忙しそうなマルファさんに呼び止められ、書類が入っているらしい封筒を渡された。
マルファさんの姿を見ていると何か手伝いたい衝動に駆られるのだけど、私が手を出すと余計に彼女の仕事が増えるだけの結果に終わってしまうためそれは叶わない。
せめて簡単なお使いくらいは喜んで引き受けなければ。
私はその封筒を落とさないように両手で抱えてヴィリス殿下の部屋まで向かう。
そのままドアをノックし、部屋の主へ声をかける。
「ヴィリス殿下、少々よろしいですか?」
「ん? リシアか。入っていいぞ」
「失礼します」
ヴィリス殿下の部屋は王族の部屋とは思えないくらいシンプルだ。
作業机に椅子。客用のソファとテーブル。小さな本棚。箪笥など、必要最低限のモノしか置かれていない。
彼はあまり無駄なものを置くのを好まないらしく、この屋敷には飾り物が非常に少ない。
顕示欲の強い貴族の屋敷に行くと其処彼処に高そうな美術品が置かれているものなのだが、これに関しては私にもそう言ったものを置く趣味がないので落ち着いていて良い。
マルファさんもツボとか置いてあるとうっかり割ってしまったとき大変だからそういうのがないのは助かると言っていた気がする。
それはさておき、私は抱えていた書類をヴィリス殿下へと手渡した。
「こちら、マルファさんから預かった書類です。中身は存じ上げませんが、国王陛下から届けられたもののようです」
「げ、父上からか。それじゃあ見ないわけにはいかねえなぁ。オレはこういった仕事は苦手なんだがなぁ……」
そう文句を言いつつも封を切って中身を確かめる殿下。
ちょっとだけ中身が気になるところではあるが、私が見ていいようなものではないだろうしここはさっさと退散するが吉だろう。
「それでは殿下、私はこれで」
「あーちょっと待った。リシア。どうやらこれはお前と無関係ってわけでもないようだぜ」
「……え?」
「ほら、これ見てみろよ」
そう言って殿下が差し出してきた紙を手に取り、書かれている文字に目を通す。
これは――
「ディグランス王国復興支援計画書」
確かにそう、書かれていた。
ディグランス王国……その文字を見るとあの嫌な思い出が蘇ってくる。
アストラの、いや王国全体からの裏切り。
私と私の一族を貶められたあの日のことを。
「ディグランスの王都が原因不明の大地震に襲われて壊滅的な被害を受けたのは知っているだろう? そこでディグランス王国の友好国である我がアガレス王国は、その復興を支援するための予算を組むことになったらしい」
「……なるほど」
アガレスとディグランスの友好の歴史は深い。
それにあの器の大きなアガレス王のことだ。
あの方は危機に陥った友好国を見捨てるような真似はしないだろう。
それが――愚かな王族が招いた人災だということも知らずに。
それが――この私が秘術を解いたことによって起こったということも知らずに。
「そんな怖い顔をするなって。別にお前に何かしろって言ってるわけじゃねえ。一応こういうことになったっていう情報共有だ」
「……ええ、はい。分かっています」
「しっかしディグランス王国もバカなことをしたもんだよなー。要の巫女の一族を追い出してすぐに大地震に襲われるだなんてさ。オレにはただの偶然とは思えんな。これが所謂天罰ってヤツか?」
「――そう、かもしれませんね」
「……もし仮に、だ。お前たち要の巫女の一族が、追い出されることなくディグランスの地に留まっていた場合、今回の地震、防げたか?」
随分と困る質問だ。
正直に答えるのであれば「はい」だ。
私が国を離れ、秘術を解かなければ恐らくあの大地震は起こっていない。
仮に発生したとしてもかなりの小規模なモノだっただろう。
でもここで素直にそれを言ってしまえば、私はきっと責められるだろう。
こんな多くの人々を不幸にする事があらかじめ分かっていたならちゃんと止めろ、と。
今被災している全ての人々はきっとそう口にするだろう。
だけどはっきりと言えることは、私は秘術を解いたことを後悔していない、と言うことだ。
我ら要の巫女の一族を見下していたのは何も王族貴族だけではない。
あの国に住まう多くの国民もまた、要の一族はその役目をはたしていないと考えていたのだ。
確かに小規模・中規模の地震はこれまで幾度となく発生してきた。
そのたびにランドロール家に責任を押し付けたくなる気持ちは分からないでもない。
しかし我ら一族はあの日まではその役目をしっかりと果たしていた。
国が崩壊するレベルの大地震の発生を今日に至るまで先延ばしし続けてきたのだ。
そうとも知らずにランドロール家がこの地を追い出されることに誰も反対しなかった。
ならば彼らもまた、同罪だ。
自らの意思であの国を護ると決めた初代と違い、現代を生きる私たちには彼らを護る理由がない。
ただこの血に刻み込まれた呪いのような術式に己の力を吸い取られ、無意識のうちに護らされていただけなのだから。
たった一人の巫女の行動次第で崩壊する国など、とうの昔に滅びてるようなものだ。
恨むなら不完全な形で私に転生した初代を恨んで欲しい。
「――悪い。ちょっと意地悪な質問だったな。やっぱ答えはいいや。起っちまったことに今更言及したって仕方がないもんな」
答えを出しかねている私を見て何かを察したのか、ヴィリス殿下は己の言葉を引っ込めた。
ちょっと申し訳ない気持ちになるけれど、こればかりは私の胸の内に秘めておきたいことだから。
この気持ちと考えは誰にも語る気はない。
「いえ。大丈夫です。すみません、私は一旦失礼いたします」
私がそう言うとヴィリス殿下は「おう」と一言だけ返した。
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