第13話

 ――これは、なに?


 夢、なのだろうか。分からない。分からないけれど、体が勝手に動く。

 ぼんやりとしていた視界が、徐々に晴れていく。

 ああ、まただ。またあの景色だ。


 荒廃した大地。倒壊した家々。

 風に吹かれて舞い上がる砂埃と燃え盛る炎が吐き出した黒煙の中、私はたった一人で歩いていた。

 だが今回は、叫び声が聞こえない。

 代わりに時折深い絶望をその瞳に宿した人々が、私に向って何か声をかけてくることがあった。


 でも、何も聞こえなかった。

 それでも彼女わたしは無意識のうちに口を動かし、何かを言葉にした。

 それを聞いた人々は、どこか諦めた様子で私を視界から外すのだ。


 今の私の右手には美しい宝石を先端に取り付けた杖が握られ、その身には白を基調としたワンピースドレスに水色のマントが組み合わさった独特な服を纏っている。

 どちらも私のモノではない。でも、何故かその服装は私によく馴染んでいた。


 体の自由は効かず、私の意思に反して勝手に足が進んでいく。

 気づけば私は町を出て、深い森の奥に足を運んでいた。


 薄暗い森の中。

 落ちかけの太陽の光が、多くの葉を宿した木々の間をすり抜けて幻想的な景色を生み出している。

 だが、美しいのは見上げた空だけだ。


 足元に広がる大地は、まるで不規則に振動を起こしていた。

 そのたびに私は転ばないように体勢を変え、収まってからまた歩き出す。

 ところどころ根が盛り上がり、深い亀裂や段差が発生している荒れた地面。

 それは先に進めば進むほど酷くなっていき、彼女わたしが足を止めた場所にはそこが森であったことを疑うまっさらな空間が広がっていた。


 もともと普通の森だった場所に隕石でも落ちてきたかのように、足元を見れば巨大なクレーターが出来上がっている。

 そこにあった木々は吹き飛ばされ、いびつな形をしたままクレーターの周りに転がっていた。

 さらには薄紫色の怪しげな瘴気が蔓延しており、息苦しささえ覚える程に。

 酷い有様だ。誰が見ても分かる、最悪の状態。


 そしてまた、歩き出す。

 今度はクレーターの淵に立ち、ゆっくりと視線を下ろしていく。

 そこにあったのは薄黒いナニカ・・・

 球体をしたそれの中には、ヒトガタをした生物が潜んでいた。


「――――――ッッ!!」


 ソレ・・はすぐさま私の存在に気付き、咆哮した。

 言葉にならない奇声。音は聞こえないけれど、それが酷く不快なモノだという事だけは分かる。

 そして声は大地に響き、大地は激しい揺れを引き起こす。


 揺れはやがて地震へと成長し、立っているのも困難なほどに激しい振動となる。

 クレーターの外。さらに広い範囲の木々が、支えを失って倒れていく。

 彼女わたしは、先端の宝石が光り輝きだした杖の足で大地に突いた。

 すると杖から優しく鮮やかな空色の光があふれだし、私を包み込んでいく。


 そのチカラで私はほんのわずかに大地から浮き、揺れから逃れた。

 そのままゆっくりと浮き進み、クレーターの中心で暴れるナニカの下へと。

 そして口を開く。


「わたしは××××。アナタを――する者」


 音のない世界に初めて聞こえてきた女性わたしの声。

 その声はどこか冷たく、寂しく、そして重い。

 その名を聞いたは今一度激しく咆哮し大地を、そして空を激しく揺らす。


 されど空色の光に守られている彼女わたしには効かない。

 そして鋭い視線を投げつけたのちに、杖の先端を彼に突き出した。

 彼は何か、声を発していた。

 強く訴えかけてくるような、或いはこちらを挑発するような。

 そんな言葉が投げかけられる。

 だが段々とその声は焦りを含み始め、遂には懇願。助けを乞うようなモノになった。


 ――やめろ


 ――邪魔を、するな


 ――あと、少しなのに


 そんな悲痛な感情が、彼女わたしに押し付けられる。

 それでも止めない。その手を緩める事は、一切なかった。

 ただ淡々と呪文のような言葉を口にし続け、その言葉が紡がれるたびに宝石が放つ光が輝きを増していく。


 そしてついに、術式は完成した。

 悲願、焦燥、そして絶望。ありとあらゆる感情の渦に飲み込まれそうになりながらも、それは形となった。

 杖から放たれる光は最大限の輝きを以って黒の球体に絡みつき、爆発にも似た激しい発光が視界を包む。


 そして次の瞬間――黒い球体には空色の光で不思議な紋章や文字が、まるで鎖のように刻み込まれていた。

 大地の揺れは鎮まり、不穏な瘴気は晴れた。


「――くっ」


 直後、私の体が鉛のように重くなり、光が去って地に膝を付いた。


 ――このままで終わるとは、思わぬことだ


 最後に、捨て台詞のような声が聞こえてきた。

 彼女わたしは呼吸を整えるために、一度深く息を吸い込んで、吐いた。

 そして再び杖に光を宿して浮き上がり、呪文を口にした。


 先程よりも短い詠唱のはずなのに、何故か重く、そして長く感じた。

 それでも再び呪文は完成し、次の瞬間には巨大クレーターが元の平たい大地へと変化していた。

 黒い球体は飲み込まれ、地中深くへと封じられた。

 そして今度こそ体に限界が訪れ、堕ちる。


「……」


 平らになった地面を撫でながら何かを想い、暗くなった表情を沈みかけの太陽に照らさせた。


 いつか再び目覚めるその日まで。私の役目を果たして見せよう。


 そんな強い意志が、私の胸の中に宿った気がした。

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