第2話 世界征服

「ピーコに毒を盛られたせいでピーピーで酷い目にあった」

 ビッグマックの包み紙をぎながらヤマトが言う。

「ずっとトイレにこもってたんだぞ。試験中にだ。内申点に影響があったらお前のせいだからな」

 言いながらも、ヤマトの表情は明るい。試験の出来は上々だったようだ。

「だから、ごめんって言ってるじゃない。ピーばっかりで何を言ってるのか分からないし」

 ピーコこと香柊心奈かしゅうここなが、オレンジジュースの紙コップにストローを突き刺した。

「放送禁止用語みたいだな」

 僕がそう言って笑うと、

「アスムくんを見なさいよ、文句ひとつ言わない」

 とピーコはヤマトをにらんだ。

「アスムもあたったんだよな。大丈夫だったのか?」

「うん。凄え、きつかった」

 それを聞いて、ピーコが顔を伏せる。

「本当にごめん。二人に三角チョコパイ奢る」

 そう言って立ち上がろうとするピーコの肩を左右から同時に押さえて、僕たちは笑った。

 クラスメートである藤堂大和とうどうやまと、香柊心奈、そして僕、中務明日夢なかつかさあすむは、三学期末の試験を終えてファストフード店にいた。実は先日の腹痛の原因は、バレンタインデーに貰ったピーコ手作りのチョコレートケーキが原因だった。どうやら卵か生クリームあたりが古かったらしい。

 ちなみにピーコというのは、小学生の時に僕が付けたあだ名だ。カシューナッツとココナッツを並べたみたいな面白い名前から思い付いたのだが、ピーはピーナッツのピーではない。ピスタチオのピーである。ただ、ピスタチオだと長すぎて呼びにくいという事でピースになり、ピーちゃんになり、最終的にピーコと呼ばれるようになった。

 ピーコのチョコレートケーキを試験の合間に食べた僕は帰り道で腹を下し、家に持って帰ったヤマトは翌日の朝食にそれを食べて、理科の試験の途中で教室を出て行った。得意科目だったことが幸いして、解答欄はほぼ埋めていたというのが驚きだ。

「二人とも凄いよね。アスムくんは、あんなに偏差値の高い学校に推薦で入っちゃうし、ヤマトは公立も余裕じゃない。内申書危ないのは私の方」

 ピーコはそう言って、大げさに溜息を吐いた。中学三年生の二月。部活も引退し、受験一色である。その結果次第で人生が決まってしまうような強迫観念すら、僕らは持っていた。

 ピーコも決して成績が悪いわけではないのだが、親が私立との併願を許してくれないとかで担任教師と揉めていたのを憶えている。結局は学校の慣例に従って私立は一応受験したのだが、公立を落ちても私立には行かせないと言われたそうだ。滑り止めがあるのとないのではプレッシャーの度合いが違う。彼女のストレスは相当なものだろう。

「公立受験の日にインフルエンザにかかって熱が出ても、隠して受験してやる。周りにうつしてやる」

 冗談なのか本気なのか、ピーコはそう言っていた。

「そういえば、来週から、また三者面談だよな」

 伸びをしながら、ヤマトが言う。

 三者といっても、結局当事者は蚊帳かやの外だ。はっきり言って時間の無駄ではないかと思う。親と担任の意見をすり合わせ、子供に無理やり納得させるためだけの話し合いだ。子供の意見を聞くふりをして、実のところ何も聞いてはいない。

「俺はこないだ、担任に『夢はあるのか』って訊かれた」

 ヤマトが言う。

「どんな職業にきたいのかとか、どんな人生を送りたいのかとか。将来を見据えておかないと駄目だぞって」

 中学三年生で将来への道筋を立てている奴などいるのだろうか。いたとしても、ほんの少数だ。そして、そのほとんどが親の決めたものであることは間違いない。十五歳の将来の夢など、漠然としたものだ。野球選手、タレント、ユーチューバー。小学生と大して変わりがない。

「だから俺、『世界征服』って答えたんだ」

 ヤマトが笑う。

「『ふざけるな』って怒られた。『悪の秘密結社にでも入るのか』って。『武力で』でなんて一言も言ってないのに」

 例えば、営業力や科学技術で世界一のシェアを得ることは「世界征服」とは言わないだろうか。人類の為になる発明で平和的に世界に君臨できるなら、それは素晴らしい事である筈だ。けれど大人は理解しない。「世界征服」イコール「悪の秘密結社」という短絡的な発想。その程度の理解力しか持たない大人が、子供を指導しようとしている。

「アスムの行くとこ、全寮制なんだよな。夏休みとかには戻って来るのか?」

 ヤマトが尋ねる。改めて言われると、家を出るのだという実感が湧いた。

「うん。そのつもり」

「俺たちが行くのもいいなあ。遊ぶ場所、たくさん見つけといてくれよ」

 ヤマトがそう言って、指に付いたマスタードを舐めた。

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