スクーターに乗った猫

主道 学

第1話 目覚めると

 ベットから起きて目を開けると、そこには死んだはずの子猫がいた。


 部屋の隅で寝転んでいる。


 私が飼っていたわけではなく。


 妹が飼っていた。


 取り分けて可愛いと思ったこともなかったが、妹と共にバイクに乗って、そのまま帰らぬ猫になった。

 

 「ニャー」

 

 子猫は私の足元で丸くなる。

 

 確かにあの日死んだはずだった。

 

 そこで、私はこの猫を妹の名で呼んだ。

 

  静子と……。

 

――――

 

 学校帰りに近所のコンビニへ寄った。


 昨日にお気に入りの雑誌が発売されたからだ。曇ることのないガラス窓から、クラスメイトの柔道着姿の西野くんが雨の中。手を振っていたが、私は雑誌に夢中で無視することにした。


「ニャー」


 いつの間にか、静子が革靴を舐めていた。

 静子は学校への下登校には、必ずどこからか現れては私に懐いた。まるで、下登校は必ずかまってと言いたげだ。

 私はあまり気にしない。

 子猫である静子が生き返ったのか、それともそっくりな生き物なのか。

 今の私は、進学するための勉強と雑誌を気晴らしに読むことが余裕のある範囲内で、静子のことも、可哀想だが妹の静子のことも、考えには入らなかった。


 妹の静子はいわゆる不良で、真面目そうな名前とは正反対だ。よく不良グループとバイクで深夜の街中をノーヘルで走り回っていた。

 早朝に爆音が家のアパート付近に聞こえると、「ああ、帰って来たんだな」と私はふと笑いたくなった。


 本当は妹が好きだったのかも知れないが、あまり関わりたくもなかったのだろう。


 派手な赤いパンチパーマで風を受け、爆音を辺りにまき散らしては深夜を集団で走り回る。そんな姿は誰もが一度見たならば決して忘れることはないだろうと思う。


 私は、早朝に妹と出会ったときは、妹はよく真っ赤な目をして私に向かって「おはよう。おれ疲れたから寝るわ。今日も学校行かねえ」とすがすがしく言ったのを覚えている。

 妹が子猫を抱えているのを見たときは、男らしい妹もやはり優しいところがあるんだなと思ったときがある。

 スクーターの荷台に子猫を乗せて、風を一緒に受けに行く。その姿は母猫が子猫を過激な散歩に連れて行くかのようであった。

 

私はまた笑った……。


そんな、妹が死んだ。


子猫と一緒に。



 ある時、スクーターのブレーキが効かずにトラックに突っ込んだのだそうだ。

 私はそれ以来、笑うことがなくなった。

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