「神風特攻隊」と呼ばれて

「まーた神風特攻隊ですか……」


 紺野希は、電話口の相手に向かってため息を吐いた。


 司法試験を突破して三年、まだ新米のイソベンとは言えこの手の案件を請け負う事にすっかり慣れてしまった。


「大丈夫だ、弱点はもうわかってるだろ。安全に気を付けてサクッと終わらせて来いよ、お前ならできる!」

「ええ……」


 所長から鷹揚に言葉をかけられた紺野はゆっくりと腰を上げ、ノートパソコンや書類などをカバンに詰めて事務所を出た。




(神風特攻隊って言うか、くじ引きたかり隊よほとんど……)

 くじ引きたかり隊。そんな彼女しか使わない造語を内心でつぶやきながらハンドルを握り、きれいな道路に向けて自動車を出す彼女の顔は冴えない。


 移動距離が片道一時間とか、彼氏が最近仕事ばかりで構ってくれないとかどうでも良い。

 ただただ、神風特攻隊がうざいだけだった。




 —————神風特攻隊。




 それこそ戦争の狂気そのものであり、二度と繰り返されてはならない負の遺産。

 

 自分の命を犠牲にして相手を殺すと言う、平たく言えば無理心中。


 相手からしてもこのまま敵軍が全滅でもすれば残るのは誰もその土地や地場産業を守って行く人間のいない、荒廃した大地。植民地とか簡単に言うが、その植民地とて地理的魅力がなければ誰が来ると言うのか。無論根絶やしとはならないにせよ、戦えるほどの力を持った人間が全部いなくなれば残るのは生産力の乏しい存在ばかり。かつて戦国乱世の時代に一向一揆が恐れられたのは御仏の力と、民衆たちの圧倒的な力と、そして普段農工に務める民まで駆り出す事で生産力を低下させると言うある種の焦土戦術にあったのだ。


 そしてこの戦術を防ぐ手段は基本的に存在しない。それこそそれができるような兵器を全て壊していくしかないのかもしれないが、それはただの戦争における基本と言うべき相手の生産力を奪うと言うそれでしかない。

 他にできる事があるとすればそれを行うパイロットたちの心理を揺るがす事だが、こんな最終手段とでも言うべき戦術を取られるような時点でこっちは相当に相手を追い込んでおり、降伏すれば死と言う段階にまで精神が至っていたとしても一向におかしくない。


 それこそ、敵失を期待するしかないと言うある種の神頼みだ。

 無論そんな方向に追い込んだ時点で失態だ、と言うのは正論だが、そんな答えが通じるほど戦争は簡単ではない。それこそ失態だと思わせる程度には勝ち続けなければならない。戦争と言う二文字の下にあったとしても相当な話だ。




 まあ一言で言えば、明らかに勝ち目がないのに仕掛けられる訴訟の事だった。


 最近つとに増えている、この手の訴訟。


 原告はほぼ100%、第二の女性だけの町。


 少しでも自分たちが気に入らぬ事があると見るや、それこそ命にかかわるかのように騒ぎ出し頭を下げさせようとする。自分たちがブロックしたアカウントは既に何千、いや何万の単位になっており、口コミサイトでも☆1レビューが溢れ返っている。

「金ばっかり取って仕事をちっともしない」

「脂ぎったオッサンばかりで事務所が汚い」

「拝金主義で弱者の敵、強者の味方」

 実際にはもっと長々としているが、そんな心無いレビューもどきだけが紺野の事務所には投げ付けられまくっている。と言うか、紺野自体が賞金首のように扱われていると同僚から言われていた。


 「神風特攻隊」の相手をするのは、現実と違ってさほど厳しくない。法律と理屈が全ての法の世界では、神風特攻隊の訴訟はまず通らない。


 その全てが、お気持ちありきだからだ。


(あの町に引きこもっているだけでよくもまあ法律事務所のレビューなんか書けるわね……!要するに自分たちの崇高なる諫言を跳ね除けた奴が許せないだけなんでしょ……)


 その手のサイトからもとっくに垢BANされているはずなのに、いくつものアドレスを作ってはしつこく書き込んで来る。

 それこそ第二の女性だけの町にあるすべてのそれを使い、絶え間なく続けられるかの如き攻撃。

 そんな行いをやめろと諫言しなかった存在がいない訳はないが、梨の礫であれば幸運であり多くはこれだからオトコはとか女のくせにとか電話越しにクドクド言われるか長文の抗議文と言うか糾弾状が送り付けられてくるかのどちらかだ。

 その両方に謝罪要求が付きまとい、ガチャ切りするとそれこそ毎日のように要求が来る。当然警察沙汰にもなったがすると向こうは「あなたがたのために」とか「偏見を正してやっている」とか上から目線そのものの言葉をぶつけまくって警官や弁護士たちを呆れさせ、敗訴すると人類滅亡にまた近付いたとか言い出す。



 そうなればもう触らぬ神に祟りなしとばかりに、誰も何も言わなくなる。


 触れなくなる。

 

 それで一時は収まったが、しばらくすると少しでも自分たちの意に反していると思われる存在をどこからか見つけては攻撃を吹っ掛けるようになり出した。夫婦と言う言葉さえも夫>婦と言う事で変えるように迫るなどそれこそ文字通りの無差別テロであり、女性だけの町の役目をちっとも果たしていないと思っていた。


(その上にちょっとお手本にすべき存在を口にしたら無茶苦茶に怒りだすし……!何よ本当!)


 そして、第一の女性だけの町はそんな事などしていない。

 せいぜいネットや雑誌の片隅に連絡用の番号やメルアドを載せておくだけであり、外の世界に噛み付くような事はしない。

 一応取引と言う名目で果物などを卸し、その代わりにコンクリートとかはともかく同人誌とやらを持ち帰るのはどうかと思わない訳でもないが、一度買ってしまえばある程度自由なのが商売である以上どうにかする意味はない。それでいいはずだ。

 それができないからこそめんどなさいばんがあり、弁護士だって必要になる。


 希とてもし弁護士として食えなくなったとしたら、あるいは女性だけの町へ行って仕事でも探そうかと思わない訳でもない。

 だがそれでも、第二の女性だけの町へ行く気だけはない。そう思わせるには、今回の仕事先仕事先だった。

 


 会社と言うより事務所、おそらくは中小企業もいいとこのそれ。

 今回の一件で賠償とやらを支払おうもんならそれこそ一発で倒産しそうな、どう見ても弱者の存在。

 オーバーキルとかではない、文字通りの弱い者いじめ。


 弱者救済と考えればやる気も出るかなとばかりに、希はチャイムを押した。

 







 —————追川町長以下、誰も知らない。




 単に、第一の女性だけの町から来たのならば富裕層であり精鋭であり、第二の女性だけの町から来たのならば高給と言う二文字に何より飢えているであろうと言うだけの話である事など。無論、経験者の方が未経験者より扱いが良いのも当然の話である事にも、だ。


 さらに言えばその呪いの文書のように扱われているチラシを作ったのが、従業員十二人の小さな工務店であり、女性だけの町の存在すら数年前に知ったばかりの古稀を迎えるが社長をしている会社だと言う事を。


 もっとも知った所で追川も芥子川も、引田も晩節を汚したとか無知蒙昧の罪とか意識の低さがもたらした結果だとしか思わない。

 せいぜい、男性に洗脳された哀れなる存在を救えると思うのが精一杯なのである。

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