待遇改善要求
「この状況をどう考えているんですか!」
「私が首を突っ込んでしまったせいで不必要な力を入れてしまったせいですね、その事については深くお詫び申し上げます」
—————元中は、二度と目を覚ます事はなかった。
病院に担ぎ込まれた元中に対し医師たちは最善の措置を施したが、元中の心臓が脈を打つ事はなかった。
仲間の死に刈谷と高遠と佐藤が涙をこぼしながら訴える中、岸は取り乱す事は絶対厳禁だと言わんばかりに無表情を貫いている。
「他に何か言う事はないんですか!」
「申し訳ないで元中は戻って来ませんよ!荒山さんも、西村も!」
刈谷の前任者の荒山が亡くなる半年前に、若手だった西村が亡くなった。死因は元中や荒山と同じく過労であり、同じように道路に倒れ込んで亡くなった。
そう、もう三人目の死者だった。
「死亡給付金はお支払いいたします。元中さんの親類一同にも、無論あなた方にも」
「そんな事より!見てわからないんですか!」
病院の待合室で刈谷が怒鳴り佐藤が岸をにらみつける中、高遠はソファにもたれかかっていびきをかいている。
明らかに睡眠不足であり、肉体的疲労が半端ではない事の証明だ。
「高遠さんには話をする気がないんですか?」
「ありますよ!ただでさえ過酷な労働環境で既に三人も死んでいるのに、毎日栄養ドリンクを飲んでやっと仕事が出来ている状態なのに!現場はもはや疲労困憊どころか満身創痍でありいつ元中のように壊れてもおかしくないんです!」
「えっ?」
そんな結果を産んでいるのは、明らかに仕事量と釣り合っていない人員の少なさと、過酷な労働環境。
なればこそ一刻も早く改善すべきだと労働者として当然の要求をしているだけの刈谷に対し、岸は両目を丸くした。
「すみません、どうせ元中さんは口うるさい私を黙らせるために倒れたふりをしているとついさっきまで思っていました」
噓偽りを言う必要もあるまいと思っていたままの事を口にすると、刈谷と佐藤は深くため息を吐いた。
「見てなかったんですか、事務所の状態を」
「ええ、なぜこんなにやる気がないのかと」
「責任者を呼んでください!」
「はしたないですね。そんなに大声で喚き散らして自分の正統性を削ってどうする気です?」
病院で喚き散らすなど非常識そのものではないか、世間的に見てどう思うかなぜわからないのか、小学校時代から主席を走って来た岸にとってこの手のマナーは呼吸をするような物であり、どうして刈谷や佐藤が自分と同じように息が吸えないのか不思議でならなかった。
病院と言う絶対安静者がいても全くおかしくない場所で騒ぐなど、どこまで非常識なのか。よほどのことがない限り大声を出さずおしとやかに振舞う事こそよき女性の証であり、それを為しえない人間は成熟しているとは言えない。
文字通りのお子ちゃまである。子どもと言う大人として認められていないと言う意味であり飲酒喫煙などはとてもできないし、労働もできない。
「もう少し他に何か言う事はないのですか!」
「ええ……まあ、一応、上層部に申し上げてはみますが……」
「いったい何人死んでいるかわかってるんですか!」
「怒鳴ってどうにかなると思っているんですか、非科学的かつ非理性的にもほどがあります。それこそ、この町が一番排除せんとした暴力的解決です。もしそんな手段が取りたくてしょうがないのならば、今すぐこの町から去って頂いても一向に構わないのですけど?」
決して感情的にならず、あくまでも理性的に説いて聞かせる。それが秩序ある大人として当然の行いではないか。それが守れないような人間に、この町に居て欲しくなどない。
何よりかにより、乱暴に声を張り上げてこちらの心胆を寒からしめ、強引に言う事を聞かせるなどもっとも男性的ではないか。
「とにかく、どうしても話がしたいと言うのならばデータを持って来て下さい。確かなデータもなしに叫べば、あなたたちの名前を削るだけです。入院患者の皆様の迷惑も顧みられないような人間の言う事を聞くなど、私たちを舐めないでいただきたい」
「それならば既に何度も何度も提出しているはずですけど!」
「ですから幾たびも改善しているではありませんか。仕方なく飲酒を許可したのに始まり」
「そんなのは改善とは言いません!」
自分たちが公務員である事をさっぱり忘れているかのような恩知らずな過大要求。
—————給料上げろ、人増やせ、休みくれ。
そんな要求を聞いて力を持たせたらどうなるかなど、現在進行形で示されているではないか。
「これはですね、あなた方のためなのです。あなた方が力を持ってしまったら町中の人間はあなた方を恐れます。町から安寧などなくなります。そしてあなた方は町中から怨嗟に包まれて過ごす事になります。本当にそうなりたいのですか?」
「どうしてそんな話に」
「わかりましたよ、明日もう一度改めて話し合いの機会を作りましょう。あーあ、今日明日の工事が全部ストップとは……本当にツイていませんね……」
—————自分たちの愛情がどうして伝わらないのか。
岸からしてみれば、その一文で全て片が付いてしまうお話だった。
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