モテない女

「本当に把握していなかったと!」

「はい…」

「噓偽りのない事がどれだけ悲しいか……」



 道路整備の業者は、道路整備の業者でしかない。


 水道工事の業者の真似など、できない。



 水道管がいつの間にか破損し、そこから水がにじみ出て出来ていた水たまり。



「もしもし、東区○○町△△にて漏水事故が発生。現状被害は僅少なれどこのままでは断水の危機あり。一両日中に修理を行うべし」

 


 町議会議員と言う名の重職者として、水道工事業者と言う名の公務員に電話をする。

 この町では第二次産業に従事する人間のほとんどが、公務員の扱いになっている。当然ゼネコンのような大型企業は存在せず、ほとんどが修理屋と言ったレベルだ。

 当然ながら給料は安く、刈谷で電波塔でキーボードを叩いている多川の3分の1、他の面子だと4分の1である。


「とにかく、皆様、どうか道路工事をお願いいたします」


 いずれにせよ、やらせる事をやらせるしかないとばかりに、四人を仕事に就かせる。

 腕組みをしながら見下ろし、正しい仕事が行われているか確かめる仕事を岸は始めた。




 —————だがその仕事をして五分で、さっそく岸の感情は破裂した。


「ちょっと、あまりにも大股を開きすぎています!何とはしたない!」

「ですけど…」

「ですけどではありません!そんなみっともない歩き方ではオトコたちに嘲笑されます!」

「…………」


 資材を抱えながら、みっともないほどの大股歩き。

 ここに来るまではちゃんと女らしく歩いていたのに、仕事になった途端この有様。逆ならまだしも、仕事場と言う最も気を引き締めてしかるべき時になって何のつもりだ。


「はい…」

「手本を示しましょうか!ほら1,2,1,2……」

 これだからとばかりにお手本を示してやろうと歩く。

 決して品を落とさない、女性らしい歩き方。それこそこの町の人間が這えば立て立てば歩めの親心に従って幼少期から身につけさせているはずの歩き方をなぜまた教えなければならないのか。

 岸には二人の妹がおり、現在大学一年生と高校一年生である。二人ももちろん親たちからこの正しい歩き方を身につけさせられており、こんな女性としての尊厳を持っていないような歩き方などしない。



「オトコと同じじゃないか!」



 そうパートナーと共に𠮟りつけ、正しい歩き方を覚えさせてきたと言うのに。



「……」

「元中さん!」

「はい……」

「一生独身で、誰からも相手にされない生涯でも送りたいんですか!?このオトコ!」

「……すみません……」


 四人ともひどかったが、中でも一番重症だったのが元中だ。

 まるで自分の存在はおろか声さえも聞こえていないかのように品のない大股歩きをやめず、猫車にもたれかかるように歩いている。

 自分なりに精一杯檄を飛ばしたのに、小股のはずの自分の半分の速度でしか動いていない。

 仕事を早く終わらせたいから大股歩きなのかと思いきや、それすらできていない。それこそ帯に短したすきに長しどころか二兎を追う者は一兎をも得ずでしかない。


「元中さんは私に対する殺意でもあるのですか」

「は」

「この町の人間は皆、礼節正しく生きねばなりません。そのようなふざけた行いをするぐらいならば休んでいた方がずっとましです」

「殺意って」

「佐藤さんは黙りなさい。

 私は人の気持ちを顧みない輩ほど許せない物がありません。ケーキも買えないような人間にケーキを見せるほど残酷な刑がどこにあるのです」



 元中のこの行いは、岸にとって宣戦布告にすら思えた。


 自分を含む他者がどう思っているのかちっとも考えもしない。

 みっともない真似をして自分たちの仲間とはこんなに醜い物だと見せつけ、自尊心をいたぶる。

 それこそ、他者への攻撃。

 礼節を守って人を不快にさせない事こそ、この町の人間にとって何より重要なそれ。別にどんなに好き放題やっていてもいいから、最低限のマナーだけは守らねばならない。

 いくら犯罪が希少だとしても、夜道を平気で歩けるとしても。


(この町だけは、人間としての最低のラインを守らねばならないと言うのに……)

 



 岸は電波塔勤務の際に、何百人単位の無神経な輩を見て来た。




 インターネット上に

「旦那様が買って来たケーキ、息子と共にいただきまーす」

 とか言う、パートナーのいない独身者や子どもを持てない人間やケーキを買えない貧困層と言った人間を全く顧みていない投稿をした輩に対し


「独身女性に対するマウント取り」

「不妊治療中の人間にケンカを売っている」

「ケーキなんてもうひと月食ってないのに」


 そう入力して徹底的に追い詰めんとした事もある。

 もちろん正確にはもう少し柔らかい文章で決して相手の気持ちを害さないように教え込もうとしたのだが、その不逞の輩の同類項たちから


「みっともない僻み妬み」

「芸術的藁人形論法」

「まさにチンピラ」


 とボロカスに言われてしまい、頭に来た岸は


「私は皆様の幸せを願っているのです。自分が困っている時にそんな風に幸せな光景を見せびらかされても耐えられるのですか?もし仮に、万が一耐えられるのだとしたら誠に素晴らしい事ですが、世の中はそんな強い人間ばかりではない事をわかっているのですか?

 ああもしかして、皆様の周りには幸運極まる事に大変度量の広い方々しかおられないのでしょうか?だとしたらあなた方は幸運かつ不運です。世の中にはあなた方の考えるような人間ばかりではないと言う事を、学び損ねたのですから。」


 そう入力してやった。




「うわー、まさにSJWwwwwwwwwwwww」

「こんな面白いオモチャがいるって教えてやろうぜwwwww」

「鍵垢にして閉じこもんなよ!」




 ……見るに堪えないとはこの事か。


 それでも話せばわかるの精神で必死に連中を受け止め続けたが、それこそ何千単位でやって来る揚げ足取りに閉口して全員ブロックしてしまった。

 そんな人間でも救えたかもしれないと、岸は少しばかり後悔している。


 —————むしろ、そういう人間を救うために自分たちは戦っているのに。

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