その実は…

 エットールの生産は、当たり前だが町内の工場で行われている。

 別に手作業と言う訳でもなく機械作りだが、それでも町議会の承認を得たれっきとした官製企業だった。

 

「ったく、海賊版の取り締まりはどうなってんですかね」

「お偉いさんたちも別のとこが優先なんだろ、私たちは所詮公務員と言っても最低レベルのそれ。私は本当、エットール作りなんてする気はなかったよ」


 工員たちの動きは冴えない。官製企業とか大仰な事を言った所で、実態は築四半世紀のよく言えば古めかしい、悪く言えばうらぶれた工場でしかない。

 その時からずっと、デザインの全く変わらないエットールを生産するための機械のメンテナンスと、材料の調達と、それを各店舗に輸送すると言うただそれだけの仕事を繰り返している。一応材質面の改善はあるがそれ以外は何にも変化はなく、ただ動いているだけの工場。それでもたった一つ、この工場で生産される製品だけが「エットール」を名乗れている。

 逆に言えば、ただそれだけが取り柄だった。




 工場内の空気は、かなり弛緩している。工場長と言う名の勤務歴だけによって押し出されたような人間は二十年の歴史をちっとも感じさせない愚痴を吐き、従業員たちも誰一人活発に動こうとしない。


「トニッシーとか、シハールとか、プレカとか、みんなそんなのを欲しがるんですかね」

「お偉いさん方の意向なんて私らにはわからないんだよ。外の世界から見れば」

「ちょっと工場長」

「いいんだよ、外の世界の連中は欲望まみれだって言っとけば。その手の代物なんかどこだってあるんだよ。あっちでも海賊版は社会問題らしいからね。と言うかそんな事言う暇があるならば包装してよ」

「はい!」

 それでもまだここに勤め始めて二年の彼女はそれなりにやる気だったが、工場長の言葉はまったく覇気がない。と言うか二年もいるのにまだそこまでやる気になれるのは一種の才能じゃないかとさえ思えてさえいた。

 あるいは「栄転」を狙っているのかもしれないが、自分だって五年もすればもうあきらめがついたと言うのにどこまで持つか見物でもあったとさえ思っている。


 投票率90%越えとも言われるこの町にて、工場長はもう十年以上選挙に行っていない。やる気はないが飯のタネである程度には生業となっているこの工場と言うかエットールと言う商品に付いて、真女性党も誠々党もまったくやる気がないからだ。

 この工場、と言うか企業の人員は、工場長と言う名の民間で言う所の社長と工員、事務員数名と、工場と議会その他をつなぐ連絡役を除くともう二人だけである。彼女はどうやらその立場を狙っているようだが、だとしてもこんな馬鹿みたいに明るい女には務まらないと思っていた。

(追川恵美も尾田兼子とか言う議員の皆様や、本部のエリートの皆様は仕事が娯楽だと思っていなさる。そりゃ自分たちが正義の味方として戦ってるんだから楽しいだろうさ。ジューシーロゴの存在からは目を背けながらね!)

 

 エットールのパチモン製品は、それこそ町中にあふれている。

 トニッシー、シハール、プレカ、これらはみんな二けた年の伝統を持つ由緒正しきパチモンだった。マークのデザインとか、数字の表記とか、裏面のデザインとかを適当にいじって「エットール」とは別物ですと言いのけてエットールよりかなり安く売っている。

 その中でも特に問題なのは、ジューシーロゴだった。


 ジューシーロゴはエットールのパチモン商品の中では比較的新しいが、それでもシェアを急速に拡大しトニッシーたちを駆逐していた。

 エットールやトニッシーが四十八枚のカードを使うのに対し、ジューシーロゴは五十八枚+予備カードである。カードの枚数が多いと言う事は遊びの幅も広がるし、しかも値段も安いと来ている。どう考えてもジューシーロゴはエットールの上位互換であり、エットールの市場は急速に縮まっていた。もちろんパチモンだから著作権法を振りかざされれば危険だが、それでもトニッシーのように適当な言い訳を突けて法の網をかいくぐる事は可能だった。

 そのパチモン製品を取り締まるのが、この工場で一番の高給取りであるはずの「保護官」だった。国家的な知的財産を守るために類似品の取り締まりを行い、罰金及び商品の差し止めを行うのが目的のお役人様だった。

 だがその「保護官」もまた、まともな仕事をしていない。保護官にとってもこの工場は左遷先であり、わざわざ活発に仕事をする意味もなかった。仕事をしてもしなくてもさほど給料は変わらず、それこそ無駄に自分たちを疲弊させるだけだった。

 現在ではそれらの商品の販売元に出向いて「適正価格」に引き上げるように「指導」だけしてなあなあで終わらせるのが恒例となっていた。




 だいたいの話、生産者からしてもエットールに愛情はない。


 ゼロから10までの数の付いた札11枚とその上であるクイーンの札、さらに4枚の記号が付けられただけの合計四十八枚の札。

 しかも記号は○△□×と言う、極めて味気ない記号でしかも色は全部同じ。


 外の世界で生まれ育った工場長からすればより魅力的な、はっきりとした上位互換のそれがある以上、エットールなどを推す気にはなれない。ジューシーロゴでさえもほぼ同レベルのそれがある事は知らないまでも、その札遊びに愛着を抱くのはこの町から出た事のない社会人二年目の彼女と違って土台無理だったのである。

 ましてや、彼女の娘たちすらその手の代物を与えない、いや触れさせないと言う育児をしていたのだから。

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