第四章 「エットール」

「エットール」

「で、どうなの?」

「幸い今年のコメの出来はよさそうよ」

「こういうのが来るわけなのね」


 町の外れのアパート。

「婦婦」は雨降りの中たまの休日を楽しみながら、食事を口に運んでいる。

 

 今日の食事を作ったのは静江であり、茶碗に自ら盛ったコメを口に運びながら漬け物や魚、豆腐の味噌汁と言った和食和食したメニューを楽しんでいる。

「それにしても美味しいわよね」

「全くね。本当、食事をするっていい事よね」

 平和な食卓を囲める幸福を、静江と撫子は噛みしめている。二人とも食事をするのが何よりの楽しみであり、また作るのもまたしかりだった。

「って言うかいつも撫子ばかり作ってない?今度は私がやるから」

「静江は掃除がうまいからそっち頼む」

「はい」

 だがそれでもどうしても上手な方が役目を担う事が増えて行き、今では撫子が食事を作る事が八割になっている。そして静江が配膳と片付けと皿洗いを行い、そして掃除も行っている。

 「婦婦に上下関係などない」と言うのはこの町の原則の一つであり、お互い話し合った上で決めると言うのもまたしかりだった。


 その結果彼女たちは今年子の娘を持ち、平凡な家庭を持って幸せに暮らしている。


「ねえ今度、桜子と和美に何をあげようか」

「いつも通り静江の仕事にふさわしいきれいな服でいいんじゃないの」

「そうは言ってもこの家の狭さでしょ、そろそろ新しい家の事も考えた方がいいんじゃない?幸い貯金もあるけど。静江もお仕事頑張ってるし」

「でもここ撫子の仕事場まで徒歩十二分だし。自然も多いし二人にもいい環境だと思うけどね。二人とも撫子の仕事場でお手伝いしてるんでしょ?」

「迷惑かけてばっかりだけどね。大事な食べ物を作る仕事だってわかってほしいんだけど」

 静江はアパレルショップ勤務、撫子は農家の手伝いをしている。アパレルショップの名前はもちろんジュエルドプリンセスであり、そこに勤めている静江の給料は小作人とでも言うべき撫子のそれよりかなり良い。

「でどうする?やっぱりやさいの騎士団様グッズとか」

「思い切ってエットールを買ってあげるべきじゃない」

「エットール……ねえ……」


 そんな婦婦でも買うのにためらうのが、「エットール」だった。


「あれ一枚でもなくすと本当大騒ぎなのよね。できれば予備の札があるのを」

「そんで丈夫なのがいいけどね、そうするとかなり高いよ」

「本当、私も妹にあげちゃったけどちょっと後悔してる。安物を誕生日プレゼントになんてできないしね」


 エットールと言うのは、カードゲームだった。


 カードゲーム。




 そう、ゲームである。




 女性だけの町に対するオトコたちの批判の一つ、と言うか筆頭は、「娯楽の少なさ」だった。


 曰く、いつもいつも男たちの産み出した娯楽にケチをつけまくる。

 女性だけの町を好むと言うか求めたのはそんな女ばかり。

 だから、まさか自分たちはその手の享楽に浸るとか言わないよなと言う下衆の勘繰りと言うかひがみ根性。

 そして、既にあった「第一の女性だけの町」の実態。


 その全てが、彼女たちに対してそんな偏見を植え付けていた。


「外の世界に住む人間からしてみれば、この町の人間は非常に不自由してるんでしょうね」

「そうそう。何ひとつ楽しみもなく、と言うか他人にケチをつけて生きる事だけが趣味とか、本気で思ってるんでしょうね。うわあ、自分で言ってて引くわ」

「私たちは元から、そんなに多くの事なんか求めていない。そのはずなのにね。母も言ってたんでしょう」

「うんうん。それなのに享楽に走って嬉々として拙劣で煽情的な物を与えていたから相手を見捨て、この町に移り住んだ。そう聞いてるわ。もう、どうなったって知らないけど」

「でも静江の兄は…」

「いいのいいの、今頃仕事もせずに父親にたかって存在しない美少女に甘えてるんでしょ。ああやだやだ」


 静江の言葉は実に冷たい。

 アパレルショップでどんなモンスタークレーマーにも笑顔を絶やさないできる店員の姿も、娘たちに見せる母親の顔も、そこにはない。そして撫子も、その言葉を全く否定しない。



 彼女たちは、この町で産まれた人間ではない。


 共に四歳と八歳の時に母親が離婚、この町に移り住んで育って来た。幸い彼女たちの母親は厚遇されたが、共に孫の顔を見てほどなくして他界。今の彼女たちの家族はお互いの伴侶と静江の姉婦婦とその義母及び娘、撫子の妹だけだった。

 だけと言うには多いが、外の世界で暮らしていたのは実質静江の姉の義母だけである。そして静江の義理の伯母は既に病勝ちで家庭内の権限は乏しく、ほぼ姉婦婦が仕切っていた。


 そういう、一般的な家庭だった。

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