政策
「ですから私としましては」
「我々の歳費を割く事には賛成ですが!」
「どちらも静粛に」
予算配分について、お互いがお互いの資料を出しながら議論を交わす。
これこそが真っ当な民主主義であると追川は感慨深そうにしていた。ふと聴衆に目をやると各々の党の支持者が目で応援し、あるいはけん制する。
(誰もが、この町のために動いている。その上で普段は決して争う事なく平穏に過ごし、誰からも尊厳を脅かされる事のない生活をしている。
絶対に守らなければならない、私たちの手で。
絶対に世界中の女性を救わねばならない、私たちの手で!)
追川恵美は、外の世界にいた時から散々そのために動いて来たつもりだった。
男たちが作った世界で尊厳を脅かされる女性たちを守るべく口舌を振るい、頭脳を動かして来た。この世の中の半分の存在を救うため、男たちの支配から解放せんとした。
だが、はかばかしい成果が上がらないまま時だけが進む。
気が付くと「女性だけの町」が出来上がり、仲間たちは次々とそちらへ移住。男たちはますますなあなあになり、彼女の絶望は深まった。
外の世界のベストセラーになった「女性だけの町」を読むまでもなく、追川はその町の実態、そこに移住しても意味のない事に気付き、この「第二の女性だけの町」の完成を待った。
そして完成から移住まで、そして真女性党の党員となってから党首になるまではあっという間だった。
自分と同じように、外の世界の男の支配・「女性だけの町」の実態に絶望した仲間たちの中で、追川恵美の力と実績は飛び抜けていた。それこそ彼女は、四十年以上男と戦って来たのだ。男社会の中で誰よりも実績を上げ、男たちを黙らせ従わせて来た。
そのはずだったのに、裏切られた。挫折した。
その怒りを表出させることがどんなに無駄だったか、自分なりに挫折してわかっていた。
(あの町では、またテロ組織がはびこるような事をしているのでしょうね!)
憤りと優越感をひた隠しにしながら、「首相」兼「真女性党党首」として論戦を眺める。誰もが、自分の党の政策にとって都合のいい資料を出している事は気付かないか、見ないふりをしている事を知らないままに。
「では対外的声明に付いて、町長の見解をよろしくお願いいたします」
そして、追川恵美が再び口を開く番が来た。
「はい。
我々は人間が人間らしく秩序だって生き、一切の不埒な欲望から解放されるその日まで、決して止まる気はないと。この町が特別ではなくなり、世界中が男も女も真の平等の中で生きられるようになるまで徹底的に訴え続けると」
自分たちは、決して大きな事を望んでいるのではない。
ただ、こちらの気持ちを少しでも考え、少しだけでも女の地位を向上させるべきだと。この町に集う人間は、皆同じ気持ちのはずだ。
今はまだ、男たちも女たちも熟していない。だからこそ、この性差別と言う単語のない理想郷を見せつける事によりどちらも発展し、傷付く者のいない国、いや星を作る。
「町長」
「酢魯山議員」
「何でしょうか」
「少し言葉が弱いのではないでしょうか」
その言葉に対し、誠々党から挙手と共に異議の声が上がる。
「酢魯山議員。どの辺りが弱いとおっしゃるのでしょうか」
「徹底的に、では力弱さがあります。決して不断の努力をやめる事はないと言うより強いメッセージを出すべきであると考えます。
徹底して、と言うべきです」
「綿志賀議員」
対抗するように、真女性党側からも手が挙がる。
「徹底と言う言葉には底と言う字が使われています。それこそ器の底の底まで、最後の一滴までやり抜くと言う信念が込められていると私は解釈しております。徹底して訴え続けると言うのは不躾ながら馬から落馬すると同じ重言ではないかと愚考いたします」
「徹底と言う言葉には、底まで貫き通すと言う意味はあっても続けると言う意味はありません。重言ではないと思います」
「酢魯山議員!」
「すみません、発言許可を願います」
「許可します」
誠々党も負けじと言い返す。それに対し誠々党の酢魯山澪議員が強引に割り込み、論戦は熱を帯びて来る。
「改めて申し述べさせていただきますが、個人的に町長の言葉にはさしたる不満はありません。ですがもう少しだけ強くするために的にと言う言葉を使うのが少しばかり不足に思えたのです」
「徹底的にと言う言葉は弱く聞こえるようには思えません」
「私は弱く感じます」
「静粛に!」
その流れのまま議長の制止もほどほどに「徹底して」「徹底的に」で綿志賀・酢魯山両議員が争い出し、議場内の声はさらに大きくなる。
そしてその論争は二十分に渡って続き、中には「一切」ではなく「一切合切」にすべきだとか「男も女も」ではなく「男女ともに」とか「どちらの性別も」とか言い出す議員まで現れ、最終的に
「ではこの町長の演説を是と思う方は白を、否と思う方は青を投票してください」
と議長により採決が取られるほどであった。
結果は、賛成多数で可決。
100文字相当の
「我々は人間が人間らしく秩序だって生き、一切の不埒な欲望から解放されるその日まで、決して止まる気はないと。この町が特別ではなくなり、世界中が男も女も真の平等の中で生きられるようになるまで徹底的に訴え続ける」
と言う文章はこうして決まったのである。
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