財貨を積み上げて
この町に住む生物に、男根と睾丸を持った物は極めて少ない。
いるとすれば、食卓の材料となる肉牛やブロイラー、魚ぐらいだった。それとて一部の居住者は食べようとしない。
そんな生物を持ち込む事さえ嫌がる住民も少なくなかったが、現状この町を変えるほどの勢力にはなっていない。
「私たちがここに住んでいるのってなぜだかわかる?」
「心安らかに暮らすためでしょ」
「それはそうだけどね、まだ連絡が来ないのかって思うのよ」
小さなマンションの一室にルームシェアする二人のうち、若い方はどこか未練がましそうな表情で外を眺めていた。皿には鶏のから揚げが置かれ、相手の事など気にせず口に運んでいる。
「あれでしょ?あんなのにうつつを抜かしたどうしようもない奴でしょ?そんなのがまだ愛しい訳?」
「まさか。いいかげん泣きついて来てもいいんじゃないかって思ってるのにちっとも連絡が来なくてね」
「あっちでは連絡とか取れるの」
「取れるらしいけどね。こっちだってその点は寛容なんでしょ」
「悔い改めた者には優しいっていう事になってるからね。いずれは電波塔もただの飾りになっちゃうんだろうね」
「それは究極の夢だよね」
電波塔から放たれるのは放送のための電波だけではなく、この町を守る電磁波もあった。
町内に入り込むオスの生物を殺すために。
野良犬も野良猫も、鳥さえも。
電波塔に勤める事はこの町における上流階級の証であり、給与もそれ相応だった。
「いずれ、世界の人間たちが醜い欲望を捨ててお互いを慮って暮らすようになる。そのためにこの町はある——」
「そんなにご大層な代物だって私は思ってないけどね、単にうざくてうざくてたまらなくて。ここ行けば見たくない物を見ずに済むって言うから来ただけなんだけど」
「実際そうでしょ?」
「うん、本当気が楽になったわ。街を歩くのもやんなっちゃうぐらいだったからね」
「わかるわ、何あの商売女たち」
そしてそんな言いぐさをしながらサラダをほおばる女性が部屋着とは言えジャージ上下でいるのは、電波塔勤めにあこがれる人間からすると複雑だった。
いわゆる上流階級の人間にはいつもビシッとしてもらいたいと言うのは紛れもない本音だっただろうし、その上でそういう存在だってたまには気が抜けるような時があってもいいじゃないかと言うのもまたしかりだった。
そして、「商売女」たちを嫌うのはまったく同じだった。
「だからこっちに来たわけ?あっちじゃなく」
「そう。聞いた事あるだろうけど、あっちじゃアングラ施設でその手の女を使ってるって」
「ぶっ飛ばすためにでしょ」
「それはそうだけど、資料をわざわざ買い付けてるとか」
「何それ意味不明ー」
「商売女」たちから逃れるために来たはずなのに、なぜまた付き合わねばならないのか。
「いやでもあなたは別に」
「いいのいいの、私あそこだとお金貰えなくってね。結局あれはまだプロトタイプだったのかなって」
「プロトタイプね、まだ作ってる途中だって事かしら」
「この町は第二号とか言われてるけど」
「第二の女性だけの町、ね……」
第二の女性だけの町。この町はそう呼ばれている。
言うまでもなく、第一の女性だけの町があるからこその名称だ。
「あっちはもう一つの存在として完結している。私たちがどうしようと変えられるものじゃない。そして私はそれを認めたくない」
「そう…」
「知ってる?あそこで私と同じ仕事をしている人間の給料」
「知らないけど」
「私がもらう半分だって」
「あー…」
その第一の女性だけの町では、ジャージ姿の女性と同じ職務をしているスーパーエリートのはずなのに、給料袋の中身は半分程度だった。二人からしてみれば最初は信じられなかった話であり、今ではもう納得するしかなくなっている。
「それで最初からこっちを願ったわけ」
「いや、最初はそっちに行こうと思ったけど。でもあそこじゃ結局何にも変わってないって思ってさ、どうにもならないって思ったとこに世界の大富豪様がこんなでかい街を建ててくれたって訳でね」
「世界の大富豪様……」
「ええ、第一の女性だけの町の成功とやらを見て自分も行けるって思ってさ」
そして彼女らがどんなに不満を言ったとしても「第一の女性だけの町」はある程度以上の成功を得ているのは紛れもない事実であり、「第一の女性だけの町」の住人が自分に続く存在を求めているのもまたしかりだった。
その流れに乗るように世界中の金持ちが「第二の女性だけの町」に向けて投資を行い、インフラストラクチャーを完璧にした「第二の女性だけの町」を作らせた。もちろん「第一の女性だけの町」に存在した「電波塔」や「産婦人科医」などのシステムも導入させ、その上で行政は移住希望者たちに丸投げした。男たちはそれきり全く関わって来ず、平穏な女だけの世界がそこにあった。
もっとも男性が全く不可触と言う訳でもなく、町長他議会で賛成多数を得られれば入国は可能だし、「関所」にて住民に連絡を取るぐらいの事は可能だった。もちろん、関所勤めの人間と言う名の第三者からのそれでしかないが。
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