第5話

あの一件があってから俺は屋上に行くことを控えるようになり、いつも通りの日常が戻ってきた。

「なつかわぁー!」

俺の日常、戻ってこなかった。

声をした方向を見ると、満面の笑みでこちらを見ている佐藤さんがいた。

(なんでわざわざ話しかけてくるんだ...)

そんなことを思っていると

「ちょっとこっち来てー!」

はやくはやくーと急かしながら言ってくる。

周りからの視線が痛い。

そもそも僕と佐藤さんは仲がいいと言うわけじゃないし、あの一件からは喋ってすらない。

だから僕が彼女に構う理由もない。

だから僕は、寝る。

うつ伏せになって寝ようとすると

「ねえってば!」

そんな声が目の前から聞こえる。

どうやら教室に入ってきたらしい。

(こいつは何をしているんだ。)

この高校は校則が厳しく、他のクラスに入ることは禁止されているはずだ。

そんなことを思っていたら、

「佐藤さん、校則は守りましょうね?」

そんな先生の声が聞こえてきた。

彼女は「はーい」と言いながらこのクラスを去っていく。

(助かった〜)

そんなことを思いながら目を開けると、目の前に紙切れが置いてあった。

なんだろうと思い手に持って見ると、文字が書いてあった。

『話したいことがあります。放課後、屋上に来てくれませんか?ずっとそこで待ってます。』

この文章を読んだ僕は、最初、意味がわからなかった。

(なんでわざわざ僕なんだ?もっと仲のいい人間もいるだろ...)

そんなことを思っていると、

「なんで佐藤さんがあいつに話しかけてるんだ...」

「陰キャのくせに...」

そんな声がクラスから聞こえてくる。

(うるせぇな。そんな事俺が1番思ってんだよ)

そう思いながら僕は今度こそ眠りにつく。

午後はいつもどうりの日を過ごすことができ、

帰りのホームルールも終わり教室でゆっくりしていると。

「こんなとこで何してんだ?」

ドアの前から雄貴の声がした。

「なんでお前はいるんだ?」

「ちょっと先生と話すことがあってな、荷物を取り来たらお前が寝ていたんだ。」

そんな会話をしていたらとある疑問が浮かんだ。

「お前、部活は?野球部は今日練習の日だろ?」

「カーテンを開けてみろ。」

そう言われて、見てみると。

「急な大雨で中止になったんだ。」

「そうなのか。」

「じゃあ、お前も早く帰れよ」

そう言いながら彼は教室を後にする。

少しのんびりした後、俺も帰ろうと、下駄箱に行く。靴に手を伸ばそうとしたその時、ふと紙切れに書いてあった言葉を思い出した。

『ずっと待っています。』

(まさかこの雨のなか待っていたりしないよな?)

さすがにないとは思うが、もし本当に居て、風邪を引かれたらほんの少し寝心地が悪くなる。

そう思いながら靴に伸ばした手をおろし、来た道を戻る。そして、そのまま屋上に向かう。

そうしてドアを開けると、顔を下に向けながら立ってる佐藤さんがいた。

ただ、当の本人は雨の音でドアが開いたことに気付いてないみたいだ。

(こいつは本当に馬鹿なんだな...)

そう思いながら佐藤さんに近付き、声をかける

「お前は馬鹿か。」

「えっ」

そんな驚いた声を上げながら彼女は顔を上げる

「来てくれたんだ...!」

「この雨で風邪をひかれたら寝付きが悪くなるから仕方なく来ただけだ。てか、なんで傘をさしてねぇんだよ」

そう言うと彼女は、恥ずかしそうに

「忘れちゃって...」

でも、君もさしてないじゃんと言ってくる。

ちょっとイラついたが、その感情を抑える。

「そんなのはどうでもいいんだよ。で、話したいことはなんだ、早く言え。こっちは濡れたくないんだ。」

「じゃあ中に入ろうよ」

「じゃあ最初からドアの前で待ってろよ...」

めんどくさいやつだな、と思いながら。再び校舎に入る。

「それで?話したいことって?」

彼女は気まづそうにしながら

「その...私の相談相手になって欲しいの。」

俺が言葉を発する前に彼女が続ける

「もちろんタダでとは言わない。貴方の言うことをなんでも聞く。どんなことだってやる。その覚悟を持って私はお願いしている。」

だから、相談相手になってくれないかな?と言ってくる。

「無理だな。」

「な、なんで?」

彼女は戸惑った顔で聞いてくる。

「逆になんでそんなめんどくさい事を聞き入れてくれると思ってんだ。」

「だって、」

彼女は俯きながら言う。

「君と私は、どこか似ているから...」

「は?」

その言葉を聞いた僕は、様々な感情が頭の中で渦巻いていた。

(・・・俺が似てる?こいつと?)

そんな事を考えてるうちに、俺の口からは自然と言葉が溢れていた。

「あまりふざけた発言をするなよ?」

「え?」

「俺とお前が似てるだァ?ふざけんな!俺とお前じゃ住んでる世界が違うんだよ!」

小さな声で、それでも感情をさらけ出して僕は言う。

「もし似てると思っているなら、それはただの勘違いだ。二度とそんなふざけた発言をするな。」

少し落ち着いて、僕は言葉を続ける

「しかも俺は、お前が提示した条件もよく分かっていない。お前になんでを言えるからってどんなことがある?」

「私の学校での知名度は知ってるでしょ?」

「知らん」

「え?」

彼女が不思議そうな顔をする

「あいにく興味が無いんでな」

「はぁ...それでも、私はかなり影響力がある。そんな私を好きに使えるなんて、お釣りが出ると思うけど」

「あいにく俺は周りからどう見られるかとか

どうでもいいんでな、それにそこまでの魅力を感じない。だからこの話もここで終わりだ、じゃあな」

そう言って帰ろうとすると、彼女に手を掴まれる。

「なんだよ...」

「私の目を見てよ。」

「は?」

何を言うんだこいつは。

「私は真剣にお願いしてるの。だから、しっかり目を見て話してよ!」

彼女は声を荒らげながら言う。

「貴方に相談相手になって欲しい理由も全部言う。だから、お願いだよ!」

彼女の目を一瞬だけ見る。その目は僕の心を見ているような気がした。汚く、濁言っている僕の心を。

「ここは入っちゃ行けない場所なんだ、あまり大声を出すな。」

周りにバレるだろと注意すると。

「あ、ごめん」

「はぁ。」

正直に言うと、今すぐ断って帰りたい。

ただ、あの目を、あの言葉を聞いてしまった今、僕の足は帰ることを許さなくなっていた。その時ふと、雄貴の言葉を思い出した。

『俺ら以外の話せるやつを作ったらどうだ?』

そんな彼の言葉を思い出し、少し考えながら僕は言う。

「少し考えさせてくれ」

「いいよ。いつでも待ってる」

彼女はそう言って微笑む。

「あと、ついさっきはキレてしまってすまなかった。」

「そして、僕がお前の目を見なかった理由だが」

そう言うと彼女は首を傾げながらその先を促す。

「・・・透けてんぞ」

そう言って僕は階段を降りて今度こそ帰ろうとする。その直後、後ろから悲鳴が聞こえてきたが、聞こえなかったことにした。






雨に打たれながら帰路に着く。

(君と私は似ている、か)

そんなことを言われたのは初めてだ。

彼女はどこまで見透かしていたのか、そんな事を考えたとこで無駄な事だと分かってはいるが、考えずには居られない。

たとえ誰かのお願いを叶えたとしても、どれだけ強い雨に打ち付けられたとしても、僕の罪は洗い流されない。

だって僕は、罪深い人間だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の人生逃避行 @hatopopo2232

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ