第109話 伝説との遭遇

 俺はゆっくりと振り返った。

 意識的に。


 ここで焦らせると……


 茉莉が、危ない。


 振り返ると案の定、茉莉が捕まっていた。


 真っ青になった彼女が、あの日本人宇宙海賊に左腕1本で捕まえられ。

 残った右腕で拳銃をこめかみに突き付けられていた。


 前にもあったな……

 こんなこと。


 あれか、鮑窃盗犯のとき……


 あのときと違うのは。

 この状況では、救世主なんて来ないんだってことか。




「よくも仲間を殺してくれたな! 許さねえ!」


 憤怒の表情で日本人宇宙海賊は俺に怨嗟の怒声を浴びせる。

 俺は


「……彼女を傷つけるな」


 それだけ口にした。


 俺の言葉にギリリと歯を噛み締め、日本人男は


「……動くなよ!? ピクリとでも動いたならこの女を殺す!」


 言って拳銃の銃口を茉莉の頭に押し付けた。

 ……こいつの銃も光線銃レイガンだった。

 白人の男と同じく。


 俺はその事実に焦りつつも


「やったらお前も死ぬことになる」


 一歩も引かず、そう返した。


 こういう場合、言葉の強さで負けることは非常に不味い。

 相手の引き金の重さを非常に重くすること。


 それが重要なんだ。


 ……俺は真っ直ぐに相手を見る。


 相手は、俺の言葉がハッタリでないことに気づいたらしい。


 瞬く間に青ざめた。


 ……理解はしたか。


 俺は


「彼女を離せ。そこの腕をへし折った白人男と一緒に逃げ帰るなら、殺しはしない」


 そう、淡々と告げた。

 こいつらにとっての救いの道を。


 ……嘘ではない。


 俺は別に殺人鬼じゃないんだ。

 殺さずに済むならそれでいい。


 だけど


「……ふざけるな!」


 日本人男は激昂した。

 それは、俺の言葉が信用できないのと……


「仲間を殺されて尻尾を巻いて逃げ帰ったなんて、組織の仲間に言えねえわ! お前こそ、黙って殺されろ!」


 ……ほらな。

 こういうヤツらには、面子メンツってもんがあるんだよ。


 例え自分たちが100%悪い状況でも。

 売った喧嘩を相手に買われて、返り討ちに遭ったなんて事実。

 仲間にバレてしまえば、行きつく先は業界の底辺だ。

 物笑いの種。誰にも尊敬されなくなるんだろうな。


 それは死活問題。

 各種ハラスメント対策完備みたいな、一般社会の労働者のと違うんだ。


 こういう、犯罪者共の労働環境は。


 ……どうするべきか?


 そして俺が全力で頭を回そうとしたとき。


「リューイチ! 私を見捨てて!」


 茉莉が。

 俺を真っ直ぐに見つめて、真っ青な顔で震えながら


「使わなかった宇宙真理国の書状があるでしょ!? 後でそれで生き返らせて!」


 ……そんな、非情な提案をしてきたんだ。




 茉莉の提案。

 それはとても合理的だと思う。


 宇宙真理国の技術を総動員すれば、例えここで彼女を死なせても、おそらく高い確率で完全に蘇生できる。

 そう思えるだけの、根拠はある。


 あの国を訪れて、その社会を見て回る中で、俺たちはそう思えるようになった。


 だけど……


 後で蘇生できるから、今殺されるのを受け入れろ。

 その選択は……選べないだろ。


 そんなの……人の……彼女の命への冒涜じゃないか。


 俺がそう、茉莉の提案に固まっていると。


「George! Stand up, pick up your ray gun, and kill this guy!」


 日本人男の英語での叫び。

 何を言ったのか分からない。けれど


「リューイチ決断してェェェ!」


 茉莉の悲鳴。

 それで……内容は分かった。


 一刻の猶予もない。

 そういうことだろ。


 ……くそ……!

 選べない選択を突きつけられて、俺がフリーズを起こそうとしていた。


 そのときだった。


 ズズン!


 ……この宇宙船が、大きく揺れたんだ。


 え……?


 何が起きた……?


 隕石と衝突したのか?

 でも……そんなものは察知できないわけがない……


 今はAIをハッキングされているけど、宇宙船AIはそんなものは事前察知する。


 そのまま航行を続けたら、衝突する危険性のある隕石なんて。

 普通事前に回避航路を取るはずだ。


 だから今、そんなことが起きるのは不自然で……


 ズズン! ズズン!


 揺れが連続する。

 本当に意味が分からない。


 その場は、殺し合いの空気が停止していた。

 あまりに異常なその現象に。


 だから


「オイクソAI! 外の様子をモニタに映せ!」


『ハイ。ゴシュジンサマ』


 日本人男の叫びに、アマノ33号の声が返答する。


 本来ならハッキングされたアマノ33号の声に、悔しさと悲しさを感じるべきだったんだろうけど……


 そのときは、そんなものを感じ取る余裕が無かった。

 それはその、異常な状況のこともあったんだけど。


 宇宙海賊たちの命令に従って、モニタに映しだされた外の様子に絶句したんだ。


 ……俺たちの宇宙船の外。


 宇宙空間に、居たんだ。


 全体的なフォルムは、馬に似ていた気がする。

 色は黒。


 ただし、大きさは10メートルを大きく超えていた。


 ぶっちゃけ、俺たちの宇宙船より大きかったんじゃないだろうか。


 馬と違うのは……下半身が蛇のようになっていたことと。

 その頭部に、1本の真っ直ぐで、大きな角が生えていることだった。


 そいつが、俺たちの宇宙船を前足の蹄で何度も蹴っていたんだ。


 ……これは……


「ゆ……」


 生き残った宇宙海賊たちも見入っていた。

 こいつらも知っていたみたいだ。


 ……ユニコーン。


 宇宙伝説の中の、未確認生物にここで遭遇するなんて……!

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