第99話 母の言葉

「宇宙真理国ではな、魂を新しい肉体に転送する技術を確立しているんだ」


 この事実に関しては、俺は肌で感じて納得していた。

 タクマと戦ったときの記憶で。


 俺はそこは疑って無いんだ。本気で。


 そしておそらく。

 嫌な話ではあるけど永久死刑囚。

 彼らのことも、俺は自分の直感の肯定要素にしていた。


 俺同様のことを、宇宙真理国の人間は感じ取ってるはずだ、みたいな。

 そこに少しでも疑問があったなら、おそらくあんなことをずっと続けていない。

 他人を殺しているのと一緒だからな。


 ……まあ、そんな事実は言えないから


「誰も魂の転送が出来ていないと思ってる人が居ないんだよ、安心なんだ」


 ひたすら安全性を主張したんだけど。


 妹はずっと黙って俺の話を聞いていたのに


 突然


「私は嫌」


 ……そう言い出したんだよ。


 えっ、と俺は思った。

 だから


「いやだから、魂の転送は可能なんだ。安心なんだよ」


「問題はそこじゃ無いよ!」


 妹は、龍子は強く拒否の意志を見せて言ったんだ。

 俺に強い視線を向けながら。


 決して睨んでいる目では無いんだけど

 何者にも気圧されない目だった。


 ……魂の転送が不可能だと思ってるわけじゃ無いのに、治療を拒否している……?


 それは一体どうしてなんだ……?


 俺は混乱し、思わず


「じゃあ何が嫌なんだ?」


 ……ひょっとしたら俺の声に、苛立ちが混じっていたかもしれない。

 内心、命を賭けて取って来た権利だから、溝に捨てて良いものではない。

 そんな想いがあったしな。


 俺の声に、妹の目が少しだけ怯える。

 俺は妹を殴ったことは無かったけどさ。


 妹の方は、もし兄が怒り出して襲ってきたら一方的にやられる。

 もしそうなったら、どんな方法を使ってもそれは絶対に避けられない。


 そんな考えが心のどこかにあって、怒らせたらマズいって思ったのかもしれないな。


 だけど


「……お母さんが死ぬ前に言ってたよね?」


 妹が持ち出した話は


「神様の意図には文句を言ってはいけないし、抗おうとしてもいけないよ、って」


 ……俺を宥めるものではなく、そんな話だった。


 ああ、確かに母さんは言っていた。

 自分が病弱なのはそういう運命で、何か意味がある。

 だからどんな手を使ってでも、何が何でも変えようとかそんなことを思ってはいけないし、それを原因として自分の運命を呪ってもいけないんだ、って。


 だから母さんは同情されることを嫌ったし。

 そう思われないように、他人と会うときはいつもシャンとしていた。


 そんな風に、生前の母親を思い返している俺に妹は


「私は魂の転送なんて技術、在ってはいけないと思う」


 ハッキリと、そう言ったんだ。

 そしてこう言った。


「私の運命は、病気との発病レースに負ける前に、大好きな男の人との赤ちゃんを産めるかどうか。そこに何か意味があるんだとずっと思ってた」


 だから自分のことを可哀想だと思ったことは一度も無い。

 お兄ちゃんには悪いと思ってたけどね。

 月のお薬代5万円を毎月払って貰ってたし。


 ……だからさ、別に今後は、毎月5万円のお給料を貰えるバイトを探すから。

 そこは気にしなくていいよ。


 そう、返してきた。


 俺は


「あのなあ!」


 思わず声を荒げていた。

 妹に対してこんなことを言ったのは初めてかもしれなかった。


「俺はこの権利を得るために、向こうの大統領の前で怪人兵器を素手でブチ殺して来たんだぞ!?」


 ……明らかに公言すると問題が起きそうなことも口にしてしまうくらい、俺は混乱して、イラついていた。


 分からなかったから。

 お前は人工子宮がどういう悲劇を起こすのか理解して無いんじゃ無いのか!?


 赤の他人なら別にいい!

 それはその人の人生だしな!


 だけど俺は、お前にはそのことを理解しておいて貰いたいんだ!

 そして思わず身を乗り出し、バン! とテーブルを平手で叩いたとき。


「リューイチ。落ち着いて」


 ……茉莉の冷静な声が飛んで来て。

 俺は冷や水を浴びせられたように一気に冷静になった。


 目の前で妹が明らかに怯えてて。

 目に少し、涙が浮かんでいた。


 ……マジで怖かったんだな。


 自分の感情制御の甘さを猛省し、自己嫌悪に陥った。

 そして椅子に座り直して、黙り込む俺の代わりに


「……龍子ちゃん、あなたの選択は間違って無いと思うよ。絶対に譲れないものは誰にでもあるものね」


 茉莉がそう、話してくれたんだ。


 そして、さらに言葉を続けてくれた。


「……だけど」

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