第60話 セルフクローン治療

 タクマザンゾウ……?


 忘れてはいない名前だ。

 だって親父を倒した男の名だから。


 でも、今まで会ったことはなかった。

 写真でしか見たことが無い。


 ……この男が「銀河指名手配犯」に指定されたときに報道された顔写真。


「茉莉」


 俺は相棒に呼び掛ける。

 どうしてもしておいて欲しいことがあったから


「何? リューイチ」


 相棒は事態についていけてないけど、必死で追いつこうとしている焦りの表情を浮かべ。

 俺に視線を向ける。


 俺は言ったよ。


「銀河指名手配犯の認証を行ってくれ」


「……分かった」


 俺の言葉に、相棒は自前の携帯端末を操作して、アプリを起動させる。


 ……ほどなくして分かるはずだ。

 アイツが本物のタクマなのか。


 確かに顔は全然違うけど、そんなのは整形手術をすればいいだけの話。


 それよりも。


 ……本物なら、もっと年齢行ってるはず。

 俺が写真で見たときは40代オーバーだった。

 ようは、こいつはタクマ本人にしては異様に若いんだ。


 30代に見えるはずがない。

 若返っているなんて。


 今だと普通に考えたら、50代近くなってるはずだからもっと老けているはずだ。

 50代で30代の肌なんて……無いだろ?


 俺がもの知らずなだけかもしれないけど、俺はそう思うんだ。


 だから


「……親父と立ち会った武芸者にしては若いな。どういうことだ?」


 そう、素直に疑問点を口にした。

 するとだ


 モニタの中のタクマが楽しそうに笑ったんだ。


 そしてこう言った。


『宇宙真理国でセルフクローン治療を受けたんだ』


 ……セルフクローン治療?




『セルフクローン治療というのは、宇宙真理国がヤミで行っている最先端治療法だよ』


 タクマは俺に話が伝わっていないだろうと予測していたのか。

 教えてくれた。


 ……ようは、自分のクローンを作って、そこに古い自分の記憶を全て転写し、新しい自分になる。

 そういう技術らしい。


 ……俺は聞いたことが無かった。


『費用は天文学的だったが、素晴らしい技術だ。持病の高血圧も何もかも。一切合切無くなった。いいぞ。これは』


 自慢気に言うタクマ。


 俺は震えた。


「……そんなイカれた技術まで開発しているのか……? 宇宙真理国は……」


 やってること、実質的に殺人じゃないか。

 クローンで肉体を作って、乗り換えるって。


 クローンはそのまま育てば、別の人間になるんだぞ……?


 俺がそんな思いから口走った言葉を、タクマは誤解されているなという顔で否定する。


『イカれたとはご挨拶だな。元の私の肉体は、分解してこの肉体を作るための栄養素に回しているから、魂のアリバイだって裏付けがあるんだぞ?』


 だいたい、普通の人間の発生だって、女の胎内で精子が卵子に受精した時点で本来は確定なんだ。

 その後、着床するかしないか。そこで妊娠に発展するかが決まるだけで。


 ……つまり、着床できなかった受精卵は、そのまま育てば人間になるのに、失敗して死んでるんだよ……

 それは見過ごすのに、セルフクローンを否定するのは理屈に合わないぞ。


 ……そんなことをタクマは一方的に話した。

 おそらくだけど、タクマはこの結論に自分で達していないんだと思う。


 ……つまり……受け売り。


 そのせいか、タクマはこう続けた。


『まあ、そんなどうでもいい話は本当にどうでも良いだろ……私はキミに用事があったんだ』


 さっきまでの話を切り上げ。一方的に用件を口にしてきたんだ。

 本人的には、セルフクローン治療の正当性なんてどうでもいいんだろう。


 だから自説の披露を適当に行った後、用件伝達に切り替えたんだ。


 ……こんな用件の伝達を


『単刀直入に言う……私と立ち合って欲しい』


 その顔はとても真っ直ぐで。

 その眼には……尋常ではないものがあった。


 狂気と言っていいかもしれない。


 それと同時だった。


「……リューイチ。あの人、銀河指名手配犯よ」


 ……相棒のそんなお墨付きが出たのは。

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