第29話 その名はリチャード・エンマ

「リューイチ。こちら、リチャード・エンマさん」


「リチャードです。この度は危ないところでございましたな」


 しばらく英語で会話して。

 相棒が日本語で俺に彼を紹介して来た。


 リチャード・エンマか。

 色々、聞きたいことはあるけどさ。

 まずは……


国生こくしょう隆一りゅういちです。助けてくれてありがとうございました」


 挨拶だな。

 挨拶は大事だ。

 俺はそう言って頭を下げながら右手を差し出し。


「日本語出来るんですね。どこの国の方ですか?」


 アメリカかな?

 頭の片隅で考える。


 すると……


 彼はしばらく考えて


 俺に顔を寄せ、そっと囁くように言って来た。


「A country that believes science is the god of the universe……日本語で言う宇宙真理国でございます」


 なん……だと。




 宇宙真理国……。


 あの国か。

 ……正直に言おう。

 ゾッとした。


 曰く、一定以上の成績でその優秀性を示した人間は、そうでない人間の生殺与奪の権利を握るとか。

 曰く、子供は国家が一括管理し、親自身の手で育てないとか。

 曰く、結婚相手は皆国家が決めてしまうとか。


 そんな、噂がある異常な国。


 言葉に詰まってしまう。

 けれど……


「そうですか。僕らは日本人です。本当に助かりました」


 ……なんというか。

 良い人なのは間違いなくても、いきなりこんなことを言われると……正直ひくわ。


 なんでこの人、そんな異常な国に住んでるんだ……?


 リチャード氏は爽やかな笑みを浮かべているけど。

 その笑顔が異質に見えた。申し訳ないが。


 まあ当然だけど。

 そういう思いは顏には出さない。


「そうか日本人。実は私は、今日は鮑の買い付けにこの日本領の惑星ホシを訪れたんだが、買い付け契約の空き時間に外に出たらコレに遭遇したのでございます。こいつらは?」


 なるほど……助けて貰えたのは偶然なのか。

 ……まあ、助かりました。


 で、リチャード氏はこの状況の詳細を聞きたがっているようなので、答える。


「彼らは鮑の窃盗犯です。警察はもう呼んでます」


「窃盗犯!」


 俺の言葉に、リチャード氏は驚きの表情を浮かべる。

 そしてこう言った。


「彼らは死刑ですか?」


 え?

 その言葉には驚くし、ひいてしまう。


 いやいやいや。

 こいつらは人間のクズだけど、ただの窃盗と痴漢行為で死刑は酷いだろ。


 ありえない。


 ……見ると相棒も同じようで。


「いや、それは無いです」


 だから相棒は、手を顔の前でナイナイと振りながらそう答える。

 俺はそれに追従して頷いた。


 すると……


「それは何故ですか?」


「何故って……」


 常識的にそうだから、以外言えないんだけど。


 そう思い、俺が戸惑っていると。

 相棒が


「日本の法では、犯罪者への対応は更生が主目的なんです」


 そう返す。

 すると


「……彼らにも更生の機会をあたえるのかでございます?」


 本気で分らないという顔でそう言う。


「彼らレベルの人間は、どうせ社会に貢献できないのは目に見えてますから、犯罪者であることが明らかになった以上、死刑が相場であると思いますでございます」


 ……ああ。

 多分宇宙真理国では……

 情状酌量とか、更生の機会を与えて貰えるの、エリートだけなんだろうな。


 で、この人恐らくそれになんの疑問も持ってない。


 この人の中では常識なんだ。


 考えてみたらさ……

 元々大した価値も無い製品……例えばクレーンゲームで取れるような安物の腕時計。

 それに故障や不良が見つかったら、普通捨てるよね。

 元々安くて価値が無いんだから。


 それを修理して良品にするの、面倒でただ金が掛かるだけじゃん。


 だからまあ……合理的と言う面では、正しいな。

 とても酷いけど。


 宇宙真理国のやり方は。

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