第17話 妹の告白

「えっと」


 突然の提案に戸惑う俺に。

 鳥羽は続ける。


「だってさ、私はアンタを名前呼びしてるのに、ずっと名字呼びだし」


 この前のときみたいなことあるんだし、そろそろ止めようよ。

 でないと、命を預ける相手として不安になる。


 ……だってさ。

 まぁ、言わんとしてることは分かる。


 しかし、名前呼びはなぁ……


「それに」


 迷う俺に。

 鳥羽は続けてこう言った。

 ニコニコしながら


「私、自分の名字、可愛く無いから嫌いなんだよね」


 ……そうなの?

 そんなこと、初めて会ったときに聞いて無いんだが。

 そんなに笑顔で言うほど嫌なら言えよ。

 ちょっと思ったが……


 鳥羽茉莉とばしまつり

 それが彼女の名前だ。


 だから……茉莉と呼べばいいのか。

 呼んだこと無いんだけどな。


 ……彼女の目は言っている。

 今、呼べ、と。


 ごくり……

 喉が動いた。


 呼ぶぞ……呼ぶぞ……!


 俺は意を決し


「ま……」


 ブーン。

 そのとき。


 俺の携帯端末に着信が入った。




 携帯端末の振動で出鼻を挫かれ、俺は停止したのだけど。


 気を取り直して再度呼ぼうとすると。


 ……まだ携帯端末が鳴っている。バイブで。


 会社……?

 今日は土曜日。休日なのに。


 ……しかし、目の前の彼女は端末を鳴らしてる雰囲気が無い。

 じゃあ会社違うか……。


 誰だ?


「ちょっとゴメン」


 断って、俺は自分の端末を胸ポケットから外に出した。

 相手は……


『龍子』


 ……妹からだった。




「どうしたの?」


 俺が携帯端末を眺めているのを見て、鳥羽……茉莉がそう声を掛けてくる。


「あ、妹からなんだけど……」


 おかしい。

 いつもはこんな感じに、妹は延々コールを掛けてくるタイプじゃ無いのに。

 少し掛けて、反応が無ければ早々にメールに切り替える。


 これは異常事態だ。


 すると


「……出てあげて」


「え」


 ……いいのか?

 こういうときに電話に出るのは普通にNGだと思うんだけど……


 鳴り続ける携帯端末。


 プレッシャー。


 双方から。

 許可は出たが……果たして本当に出るべきなのか。


 鳴り続ける携帯端末。


 ……そして。

 俺は決断した。


「……もしもし」


『あ、お兄ちゃんごめんね。忙しかった?』


 なんだか妹は焦っていた。

 一体何なのか。


 しかし


 ちょっと、今他の人と一緒にいるからまた後で


 そう言おうとした瞬間だった。


 妹はこう言ったんだ。


『昨日、告白された男の子に色々あって病気のことを話したんだ』


 え? と思った。

 妹は自然妊娠が不可能になる奇病YH病の感染者だ。

 将来、もし発症したら自然妊娠しなくなる可能性がある。


 だから妹は、高校生の段階で彼氏を作るのは消極的だったんだ。

 妹にとってみれば「病気を隠して誰かと交際するのは、将来的に結婚した場合に相手にとって騙し討ちになる」これがあったから。

 それはあまりにも誠実で無い。


 前に、YH病を発症した患者が子供を残すために避けられない装置「人工子宮」の話をしたと思うけど。

 人工子宮で生まれた子供は陰でこう呼ばれてるんだよな。

 豚の子オークって。


 無論、差別語だから、こんなのを公で発言したらそいつは社会から抹殺されるし。

 実際に差別は受けないんだけど。表向きには。


 でも、普通の感覚だと避けたいよな。

 晩婚して、自分の子宮が使えないから人工子宮を使う人はたくさんいるけどさ。

 そういう差別は無くならないんだ。残念なことに。


 高校生の段階で、そんな重い決断を迫るのは無理だよな。

 それに…… 


『そしたら今日、電話があってそれでもいいって言われた……どうしよう』


 妹の言葉に、俺は反射的に言ったよ。


「そいつ、YH病を誤解してるんじゃ無いだろうな!?」


 ……たまにいるんだよな。

 馬鹿な奴というか。最低な奴が。


 YH病感染者と、発病というか、発症者の違いについて。

 ごっちゃにしてるというか。


 感染したら、もう絶対に妊娠しないと誤解している奴が。


 なので、たまにいる。


 YH病の女は、遊び女として最適。若くても毎日が安全日。簡単に生でやれる。


 こんなことをヘラヘラ笑いながら言う奴が。

 これがあるから、妹は病気を公表できないんだ。


 クズが寄って来るから。


 だけど


『……それを彼に言ったら、メチャクチャ怒ったよ。馬鹿にすんな! って』


 謝ったら許してくれたけど、って付け加えて。


 ……なんと。

 男の心理としては、図星を刺された。

 この可能性が……


 いや、無いか。


 YH病感染者が妊娠しないというのは誤解である。妊娠しなくなるのは発症してからだ、と教えられたんだから、その場合


「あそ、じゃあ用は無い」


 こうなるよな。

 怒るのは、自分の覚悟を下種な計算じゃないの、と言われたからだ。


 ……じゃあ、多分本気なんだ。


 高校生だから、将来的に自然妊娠不能になる恐れがある女を妻にしなきゃならないことの重さが理解できてない可能性は大いにあるけど。

 それでも本気で考えて、一応覚悟を決めたのか。


 だからまあ、俺としては


「あとは自分で考えろ。……ただ、そいつは一応、子供なりに真面目に考えて、覚悟を決めてお前に意思表示してきた。兄ちゃんはそう思うよ」


 もう、ここから先は妹の問題。

 妹がそいつを恋人にしたいと思うなら付き合えばいいし、ナシだったら断っても良い。


 重い決断をした人間の告白は拒絶してはいけないなんて理屈はどこにも無いんだから、断るのも十分選択肢だ。

 ……ただ。


 そこまで真面目に物事を考えられる男はレアケースなんじゃないかな。

 この言葉は、黙っておくけど。

 妹の決断についての不純物になってはいけないしな。


 答えが貰えると思っていたのか妹は、少し沈黙した。

 戸惑っていたように思える。


 そして。


『分かった。自分で少し考えて、今日中に彼に返事するよ。……お兄ちゃんありがとう』


 そう言って、妹は電話を切った。


 ふう……


 ちょっと、胸に過る者があった。

 妹に彼氏が出来るのか……良い人間だったら良いんだけど。


 そう思って、浸ってしまっていたら。


「……妹さん、YH病なの?」


 鳥羽……茉莉に俺の言葉が聞かれていたようで。

 いきなりそう、訊かれてしまった。


 茉莉は。

 深刻そうな顔で俺を見つめていた。

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