百合の間に挟まるサメ

深夜太陽男【シンヤラーメン】

第1話

【民間企業の魚群探査装置が海中にてによって破壊されており、その残骸が回収される。最後に送信されたデータを解析すると、巨大な海洋生物らしき残影が確認された】

【サメ出現まであと四年】


 わたしは美少女である。自他共に認める美少女である。『白雪しらゆきアリス』という出来すぎた名前に恥じないくらい美少女である。自慢でも勘違いでもなく、客観的な事実なのだから仕方ない。母親の遺伝子を完璧に受け継いだことと、周りの反応を見ていれば嫌でも実感させられた。しかし、それ故に、面倒なことばかりに巻き込まれたものだった。

 ――聞いてほしい。美少女は誰かの都合の良い存在ではなく、一人の人間だってこと。


 母子家庭の中で、わたしは自由気ままに生きていた。母親は自称スパイで、海外出張が多く、家を長期間空けることがしょっちゅうだった。代わりに面倒を見に来る祖父母も放任主義で、わたしは野放しに育っていった。


 幼少時は大人たちからチヤホヤされるだけで、同世代とは男女関係なく公園で遊んでいた。しかし小学生高学年にもなると周りは段々と性別を意識し出す。わたしと言えばまだ「うんこちんちん」でゲラゲラ笑っていたのに、仲の良かった女友達はオシャレをして、気になる男子の話ばかりしてつまらなくなっていった。男友達もスポーツや勉強で成果を出す度に、わたしのほうをチラチラと見てきた。でも、残念ながらわたしのほうが成績は上だった。プライドの高いヤツが悔しそうに顔をしかめるのは愉悦の極みである。


 ある時、ガキ大将的な男子がわたしに告白してきた。しかし、わたしの『好き』は魔法少女キュアキュアくらいしかないとハッキリ伝えた。もう男子たちにこういうことをされるのは三十回を超えていたので、扱いにも慣れたものだ。翌日、ガキ大将が逆恨みに、わたしの上履きの中に大量のダンゴムシを入れてきたのだ。そこで仕返しに、ヤツのランドセルにカマキリの卵を仕込んでやった。イタズラ合戦に燃える展開になると期待していたのに、何故かガキ大将は大量のカマキリの赤ちゃんを身体から払い落としながらワンワンと泣き出したのだ。担任の先生から謝るように言われて、仕方なく頭を下げた。わたしは悪くないのに。

 それからガキ大将のことが好きだったらしい女子がグループを結成して、みんなでわたしを無視し始めた。わたしは悪くないのに。相変わらず男子たちはわたしの顔と身体をジロジロ見てきたので、トカゲのまだ動くしっぽを投げつければ気味悪がられ遠ざかっていった。周りの女子より見た目の発育が進んでいた『わたし』。授業ではそういう年頃だと教えられたが実感はなく、中身は大人になれないまま心と肉体が乖離かいりしていく『わたし』に戸惑うばかりだった。


 悩んでいると担任の先生が良く相談に乗ってくれた。若くて優しくて爽やかな男性で、やはり女子からも人気があり、やはりわたしは勝手に嫉妬の対象となっていた。

 今日は家に誰も居ないとポツリこぼすと、ウチで夕飯でも食べていけと誘われた。すっかり心を許していたので、何も疑問に思わず先生の自宅アパートへ招かれた。一人暮らしの部屋を見るのは初めてのことだった。生活の匂い。脱ぎ散らかした衣類と敷きっぱなしの布団。ドアに鍵が掛けられる。油断していた。先生のがわたしに忍び寄ってきた。

 ――その後のことはよく覚えていないけど、無我夢中で抵抗したのだろう。先生は半裸で血まみれになって床にうごめいていた。わたしは急いで服を整えて、靴も履かぬままアパートを飛び出した。暗い夜道を走り抜けて、商店街の灯りを見つけると安心してその場に倒れ込んだ。買い物帰りのおばさんが心配して話かけてくれた。そのときになってようやく、わたしは包丁を握りしめたままであることに気付いたのだ。

 それから一晩中、警察の人やカウンセリングの人と同じことを何度も何度も喋った。日付も変わる頃、迎えに来た母の運転する車で、疲れ果てたわたしはぐっすり眠りに落ちたことはよく覚えている。


 しばらくして久しぶりに登校してみれば、あの先生はもう担任でも先生でもなくなったことを知った。そして、あの先生のことが好きだったらしい女子に胸倉を掴まれた。乾いた破裂音。思いっきりビンタされた。

「あんたのせいで、みんなおかしくなっちゃったのよ!」

 痛くはなかった。けれど強い衝撃で頭が揺れた。やり返す気力も湧かず、泣く元気もなく、わたしはほうけて帰路に着いた。わたしは悪くないのに、世界がどんどん合わなくなっていく。

「お母さん、なんだか疲れた」

「そう、じゃあ一緒に休もうか」

 それから母は職場に長期休暇を申請し、わたしは不登校になった。

 美少女は面倒くさい。美少女であることが面倒くさい。


【サメ出現まであと三年】


 同学年が初々しい制服を着て中学校に通うのを窓から眺めながら、わたしは高校入試の参考書を解いていた。自宅に引き籠りながら、ひたすら勉強をして過ごす日々だ。それ以外は魔法少女キュアキュアのアニメを何度も見返したり、少女漫画を読み込んで、失われた学生時代を妄想していた。それから母が柔道、空手、合気道、躰道、キックボクシング、詠春拳、ジークンドー、システマ、クラヴマガ、CQCなどの体術を基礎から応用まで教えてくれた。目に見える肉体強化は自信がつく。これにより外出する不安が減っていき、メンタルが回復していった。試しに買い物に出たとき、ナンパしてきたチンピラの両肩を脱臼させることに成功した。それくらいの程度には習得できたのだろう。魔法少女キュアキュアでも魔法が使えないピンチは鍛錬を積んだ拳で打開するのが定番のオチで、筋肉は裏切らないという教訓を植え付けられていた。


 高校からは真面目に学校に通おうと思い、中学卒業認定試験をパスすると女子高校を受けた。とりあえず五月蠅うるさくて汗臭い男子たちとは距離を置きたかったという消極的な理由でしかない。わたしがもう一人で大丈夫なところを見せれば、母も安心して仕事復帰できるだろう。

 合格祝いに母からもらったのは、亡き父の死因となった弾丸だった。意味がわからないまま受け取ると、母はまた知らない国へと旅立っていった。

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