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「わたしなの」
彼女の普通に話す声。初めて聴いた。べつにかわいくもなんともない、普通の声。マイクや画面越しじゃないと、かわいくないのかも。
「わたしなの」
同じ言葉。
「何が?」
化物。はやく出てこい。おまえを殺してやる。私を殺してくれ。
「わたしなの。あなたの、記憶を食べたの」
「何言ってるんですか?」
寝ぼけたこと言ってないで、囮は囮らしくしてろよ。
「わたしの心に。いるの。化物が」
通信。
『おい何やってる』
「なにが」
『いるぞ。お前の目の前に。化物が。こちらでも感知できてる』
「いないよ。目の前にいるのは、年末の歌番組でしくじったバカが1匹だけだよ」
通信。切れた。というより、妨害された?
「わたしが抑えてきたの。化物。ごめんなさい。通信も何もかも食べちゃってる。抑えきれない」
通信を食う。そんなことができるのか。
「いや、できるのか。通信も感情が乗るからか」
「うん。たぶん。番組の電波が食べられそうだったから。抑えてたら。歌えなかった」
彼女。ぽろぽろと泣きはじめる。
「なんでそんなに、しにたいの?」
「私に言ってんのか」
知るか。おまえが化物なら、その化物だけを殺せばいい。はやく出てこい。
「あなたの感情。食べられた心が。わたしの中にあるから。でも。わからなくて。あなたがしにたい理由が」
「あるわけないだろ」
ある。理由はある。人を、好きになりやすいこと。それが理由。好きになると、感情を食われる。だから好きになれない。好意を著しく制限する生は、ただただ死よりもひどい日常でしかない。
「わたしは、あなたのことが好き」
「何回も喉に手を突っ込んで吐かせてるのに?」
「そうやって吐かせてくれる、そのやさしさが好き。吐いた後に拭ってくれるのも好き。眠っている間、側で見ててくれるのも好き」
「そういう任務だからな」
「でも、あなたはわたしを遠ざけようとする。なんで?」
「好きじゃないからだよ」
好きになりたくない。食われてほしくない。
「わたしは、あなたに、心を取り戻してほしい。この、化物に食べられた心を。でも、それをやったら。あなたは、独りになる。心のままにしぬかもしれない。それが耐えられない」
そうだよ。そうなりたくないから、独りでいるんだよ。なんだおまえ。初恋の純情みたいなわけの分からないこと言いやがって。いま世界はおまえに牙を剥いてるんだよ。年末の歌番組で歌えなかった、その一要素だけでな。
「わたし。どうでもいいの。歌も。踊りも。何もかも。あなたさえいれば」
正直、本当にこれ以上は無理だった。感情を揺さぶられすぎている。
どうすればいい。
わたしは。
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