第27話 林の中の戦い

 ジャスティーナは敵が正面からなたを振り下ろしてくるのを円盾でいなす。

 鋼鉄の円盾はよく磨かれた表面が隆起していて、その流線に沿ってなた上滑うわすべりしてしまう。

 そのすきにジャスティーナは相手の首をねらって短剣を突き出した。

 鋭い踏み込みから突き出される一撃を傭兵ようへいは避け切れずに首を貫かれる。


「ぐえっ……」


 口から血を吐き傭兵ようへいは白目をいて絶命した。

 ジャスティーナはすぐに短剣を引き抜いて血振るいをしながら傭兵ようへいの遺体をり倒す。

 そんなジャスティーナの左右から2人の傭兵ようへいたちが手斧ておのなたを振るって襲いかかるが、ジャスティーナはサッと後ろに身を引いてこれをかわす。

 そしてそのまま後方に飛び退すさり、木々の間をのらりくらりと走り抜けていく。 


 敵はそんなジャスティーナに向けて槍を突き出すが、乱立する木々が邪魔じゃまをしてジャスティーナには攻撃が当たらない。

 彼女の老獪ろうかいな戦いぶりにプリシラは目を見張った。


(地形を……うまく利用している)


 ジャスティーナは圧倒的な数的不利の状況にあって精力的に動き回っている。

 乱立する木々をうまくたてに使い、のらりくらりと敵の攻撃を避けながら、攻撃に転じる際にはすばやく動いて敵を1人、2人と確実にほうむり去っていく。

 それを見たプリシラは身の内にき上がる闘志の炎を感じた。

 闘争を前にして、ダニアの女の本能がプリシラの体の中で強く脈打っている。


「今のうちに小娘と小僧を取り押さえろ」


 団長の声が鳴り響き、傭兵ようへいたちが回り込むようにしてジャスティーナを避けながら、こちらに向かってくる。

 手に刃物を持つ者の他に、大きなあみを持っている者たちもいた。

 あれにからめ取られたら面倒なことになる。

 プリシラは周囲にすばやく目を向け、それから頭上を見上げた。

 そして短剣を腰帯のさやにしまうと声を上げる。


「エミル! アタシの背に!」

「えっ? 姉様?」

「早くしなさい!」


 そう言うとプリシラはエミルをなかば強引に背負った。 


「強くつかまりなさい。絶対に放さないこと。いいわね」  


 戸惑うエミルは目を白黒させながら、それでも必死に姉にしがみついた。

 するとプリシラは周辺で最も高い木を選んで、そのままスルスルと近くの木に登っていく。

 弟であるエミルを背負ったままでもまったくそれを苦にすることもなく、プリシラはあっという間に10メートルほどの木を上の方まで登ると太い枝の上に陣取った。

 

「エミル。この木にしっかりとつかまりなさい」

「ね、姉様?」

「早くして」

 

 姉から強い口調でそう言われたエミルは、ブルブルと震えながらプリシラから手を放し、その手で木の幹に必死にしがみついた。

 それを見るとプリシラは優しく微笑んだ。


「昔よくこうして木登りしたわね。エミル。怖いだろうけど、ここでしっかりと幹につかまっていなさい。あとは目を閉じていていいから。下を見ないように」

「姉様は? 姉様はどうするの?」

「アタシは悪い奴らをぶっ飛ばす」

「あんなにいっぱいいるのに無理だよ!」

「アタシはブリジットの娘よ。あんな奴らに負けるもんですか。アタシを信じなさい。エミル」


 そう言うとプリシラは平然とした顔で木の枝から宙に身を投げた。

 エミルは悲痛な声を上げてそんな姉の背中を見送るのだった。


「姉様ぁ!」


 ☆☆☆☆☆☆


 ジャスティーナは敵と戦いながらもプリシラたちの様子に目を配っていた。

 ここに来るまでにプリシラの走り方を見てすぐに分かった。

 彼女の身体能力がかなり高く、体のバランスも相当に優れていることを。

 上半身のみならず下半身の筋力が相当にきたえられているのだろうとすぐに分かる。


 おそらく彼女が本気で走って逃げたら、ジャスティーナでもとても追いつけないだろう。

 だからこそ逃げることに注力すべきだと思ったのだ。

 だが弟のエミルはきたえられていないようで ただの年相応の少年だったため、そう簡単にはいかなかった。

 ジャスティーナは現状をかえりみて、この先の窮状きゅうじょう打破に思考をめぐらせる。


(敵を確実にけずるしかないが……)


 すでに敵を3人ほうむっているが、おそらく相手の手勢は20人以上になるだろうとジャスティーナはにらんでいた。

 このまま最後まで敵を倒し切れるとは思えなかった。

 相手は徐々にジャスティーナを取り囲みつつある。

 そしてプリシラたちもほどなくして取り囲まれてしまうだろう。


(多少無茶をしてでも包囲網ほういもうを突破して、ここから離脱するしかない)


 そう思ったその時だった。

 ジャスティーナは敵と戦いながら視線の先にプリシラとエミルの姿をとらえた。

 その視線の先ではプリシラがエミルを背負って木に登っていくところだった。

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