デビ×デビ→放課後デビルハント

いかろす

心臓握りのプロローグ

 廊下は走っちゃいけませんって言うけど、大量出血してる友達運んでても同じこと言える?


 そんなわけで今、鼻血をどばっと垂れ流す親友を抱えて絶賛猛ダッシュ中。

「ヤシロちゃん! すぐ保健室だからね!」

 安心させるため、声をかけながら親友の顔を見つめた。もさもさ髪とメガネの下にあるかわいい顔と体操着は、鼻血で真っ赤に染まっちゃってる。

「あ、ありがとルリちゃん……でも大丈夫だから」

 鼻声でヤシロちゃんが呟く。わたしがバスケットボールをぶつけさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。

「大丈夫な人は大丈夫って言わないよ!」

「あはは……かっこいいね、ルリちゃんは」

「ふふん、あくまでJKですから!」

「今JK関係ないよね?」

 わたしの決めゼリフがサッと流されている間に渡り廊下を抜けて、保健室がある校舎の中へ。

 芸術的な校舎だ、とわたしは思う。

 床から壁、天井にかけて張り巡らされた色とりどりのド派手な落書き。そこかしこにゴミや机や家具が散らばって、煙草の吸い殻や拭き取り忘れたっぽい血痕までもがちらほら。校内を歩き回ればゲームセンターからDJブースまで完備されている、まるで学校とは思えない自由空間。

 国内有数、圧倒的不良高校──霜咲しもざき市立、水乱すいらん高等学校。

 それが、わたしたちの通っている高校だ。

「オォイ! 〈天長てんちょう〉だぞ!」

 いきなり、近くに居た不良さんが声を荒げた。たぶん先輩だ。顔がごっついから、留年組かもしれない。

「ルリちゃん、天長って……?」

「天使みたいにかわいい番長候補だから、〈天長〉なんだって。店長さんみたいでヤだよね」

 いつの間にかつけられていたわたしのあだ名だ。イチャモンつけてくる不良さんたちを叩きのめしてたらついたやつ。ほんと、センスなくてヤんなっちゃう。

「女抱えてるぜ! 今がチャンスだ!」

「行くぞテメェら!」

 すると、校舎と渡り廊下の方からわらわらと不良さんたちが現れて、わたしたち目掛けて突っ込んできた!

「あぁ~もう! 今そんなヒマないのに!」

 わたしは保健室の方を目指して走りながら、

「ちょっと揺れるから、我慢して!」

 と胸元のヤシロちゃんに声をかける。あー、びっくりしたまま顔が真っ白になっちゃってる。早く保健室に連れていかないと。

「ぶっ殺したるラァ!」

 日本語がちょっとおかしな不良さんが全速力で駆けてきた。来るってんならやるっきゃない。今にもごっつんこしそうなところまで走ったところで──ジャンプ。

 そして、不良さんの顔面目掛けてキックを叩き込んだ。

「こんな勝ち方したって……気持ちよくないよ!」

 それを踏み台に、さらにジャンプ! 不良さんは顔に上履きの痕を付けながら吹っ飛んで「いてぇぞラァ!」と声を荒げている。よし、。ほっと一安心。

「わたしを倒したかったら、正々! 堂々! やってみろ~~~~~っ!」

 そのまま空中で、蹴り! 踏みつけ! 回し蹴り! 一旦ヤシロちゃんを放り投げて──パンチにキックにとにかく叩き込みまくり! わたしの拳の雨が降る! ついでに鼻血の雨が降る! おりゃおりゃおりゃおりゃ〜〜〜っ!!!!

 そして、悲鳴を上げるヤシロちゃんが降ってくるので……ジャンプしてバシッと受け止める。ばっちりキャッチで、お姫様抱っこに成功した。

「大丈夫ですか、ヤシロ姫……」

「もう帰りたいんだけど」

 そうは行かない。わたしたちは保健室に向かうんだ。

 残りの不良もおりゃおりゃおりゃと片付けていき、十秒も経つころにはわたしだけがこの場に立っていた。

「よぉし! わたしの勝ちぃ!」

 不良さんたちは「ありえねェ」「天宮あまみやは格闘技やってるからな」「この世の終わりだ」「助けて……」と口々につぶやく。最後のやつがヤシロちゃんの声に聞こえたのは気の所為だろう。

「てか、わたし怪我人抱えてんだからね! そこを狙うなんてヒキョーでしょーが!」

 思ったことを述べてみると、不良さんたちは立ち上がって「すんませんした!」と頭を下げてくれた。

 わかったならよし。「じゃあ急いでるから、またねー!」と言い残して、その場を後にした。

「ヤシロちゃん、おまたせ!」

「これ本当に令和の高校なの?」

「ちゃんと令和だよ! ほら保健室見えてきた!」

 しかし、ヤシロちゃんのお顔がどうにも暗いのが気になった。

「ルリちゃん……保健室には、悪魔先生が居るんだよ?」

 その言葉に、わたしの足がつい止まりそうになる。けどダメだ。友達を怪我させてしまったのだから、こんなところでクヨクヨしてられない。

「ダイジョブ! こっちだって悪魔だから」

「……? 小悪魔系女子ってこと?」

 たしかにわたしのビジュアルは小悪魔系ってよく言われるけど、それとこれとは話が別。

「独り言だから気にしないで! じゃあ、開けるよ……」

 ヤシロちゃんを抱えているので手は使えない。行儀が悪いとわかっているけど、足で保健室のドアを開ける。

 わたしはつい口から「たのもー!」と発している。道場破りは初めてだ。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、頭頂部に茶色が覗く金の髪──プリン髪だった。


「んぁ……なによ、うっさいな」


 居眠りぶっこいていたらしいそれがヌッと顔を上げると……覗いた両目がギロリとこちらを一睨み。

 踏み込むつもりでいたわたしの足は、保健室の入り口でピンと立ったまま動かなくなった。

 いや、動けなかった。

 きゅっと胸が縮む。心臓を握られるような感覚。重なった視線をつい逸らしてしまいながら、わたしはただただ固まり続けた。

「あ、鼻血? 結構出てるじゃん。ほらそこ座らせて」

 プリン髪のお姉さんはあくび混じりに立ち上がった。白衣の下で、ハイソックスに包まれたすっきり長い脚がスタスタと歩き出す。

 どうやら保険の先生らしいのはわかってきた。テキパキ動く姿はさっきの印象とチグハグだ。

「ほら、なに突っ立ってんの小悪魔ちゃん。そこの椅子だってば」

「あっ……ハイ」

 言われた通りヤシロちゃんを座らせてあげると、ひゅっと近寄って来た先生が矢白ちゃんの鼻に脱脂綿を突っ込んだ。

 替えの脱脂綿と、濡らしたタオルもそばのテーブルに置いてある。「顔、それで拭きな」と言いながら、先生は氷嚢を準備しているみたいだった。仕事も早いし……悪魔って感じはあんまりしない。

 先生を横目に見つつ、ヤシロちゃんの手を握る。冷たい。あたためてあげたくなる手だった。

「ヤシロちゃん、ほんとごめんね~……」

「いいよいいよ、ルリちゃんらしくないね。……手、震えてる?」

「え? い、いやいや! そんなことないよ!」

 慌ててヤシロちゃんの手を放したところで、わたしたちの間に影が差した。先生はわりと背が高い方なので、眠たげで飾り気のない表情と合わせて威圧感がある。

「なに、喧嘩でもした?」

 氷嚢をヤシロちゃんの顔に載せつつ先生が言う。

「違います。ボールが当たっただけです」

 きっぱりとヤシロちゃんが言うと、先生は興味なさげに「そう」とだけ返した。

「じゃあ後はこっちでやるから。付き添いありがとね……あっ。もしかして、あなた1-Bの天長ちゃん?」

 外に出ようとしたわたしを先生が呼び止める。言われた以上無視するわけにもいかず、笑顔を作って振り向いた。

「そ、そうだけど」

「ふうん。聞いてた通り優しいのね。なんでこんな学校……や、なんでもない。体育戻りな」

 言われるまま外に出てドアを閉める。中からヤシロちゃんと先生が話す声がぼんやり聞こえていたけれど、内容までは聞き取れそうにない。

 音が遠いんじゃない。今、わたしの心臓はすさまじい勢いで鳴っていた。その音のせいで、集中出来ないんだ。

 美人だけど棘があり、黒い噂の絶えない悪魔先生。それが、養護教諭の西園ソフィア先生だ。

 ヤクザのおじさんを投げ飛ばしたこともあるようなヤバい元ヤンで、生徒を睨んだりつっけんどんに扱うのは当たり前。

 勤務後は飲み屋街で酒とタバコと時々ヤクにたっぷり浸って一睡もせず学校へ……目の下にたっぷりクマをこしらえてゾンビのように登校して来た日もあるとかないとか。

 わたしとしては、そんな風の噂を耳にしていたぐらいだ。入学式の時にちらっと見た先生は別人みたいに綺麗な人だったし、体が丈夫なので保健室には用事もない。

 だから、先生と近くで会うのはこれが初めてなのだ。

 先生を初めて間近で目にした今、わたしは「視て」しまった。

 本来隠されているはずのが、にじみ出るように発されるのを。

 たくさん呼び方はあるらしいけれど、わたしはそれを「呪いの力」と呼ぶように教えられた。

 わたし──天宮ルリは、人間と悪魔のハーフだ。

 そしてソフィア先生は──悪魔を殺し人間に降りかかる闇を取り払う、闇祓いだったのだ。

〈つづく〉

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