第1話 突然の来訪
薄暗い階段を登り、重い鉄の扉を開けた先は——もはや別世界だった。
赤や黄色といった、私の知る言葉では表せないほどの花々を前に深呼吸。心が洗われる。
この場所を管理しているのは龍爺……正しくは”龍神官長”という一人の老人だ。
私にはニコニコと笑って花の世話をする老人にしか見えないのだけれど、フィーナ曰く『あの人は怪物です。怖いです』らしい。
まぁ、世の中に苦手な人の一人や二人いてもおかしくはないか。
フィーナの苦手な人が、偶然龍爺だった。それだけのことだ。
「ふぅ〜」
庭園中央にある椅子に腰をかけると、思わず口から声が漏れた。
上半身を伸ばし、周りを見渡す。
静かな庭園に小鳥の囀り。人工的に造られた清流の流れる音。心が洗われる。
普段は怪我人の呻き声と、泣きながら感謝される声しか聞いていないからね……。
人生、たまには『癒し』が必要なのさ。
本当は毎日癒されたい……でも、最近は急患が増えているから、しばらくは無理そうかな。
あーあ。早く争いが終わればいいの——ん?
「なに、あれ……?」
空高くから何か黒い塊が真っ直ぐとこちらに向かって……いや、落ちてきている。
大きさからして、グリフォンや龍ではない。
どちらかといえば人に近い——いや、人!?
「ど、どうしよう!!何か受け止めるものを探さなくちゃ——!!」
慌てて周りを見渡すもここは庭園。残念なことに何もない。あるのは綺麗な花だけ。
私に使えるのは回復魔法と魔法障壁を張ることだけ。他の魔法はからっきし無理。
足りない頭で考え、出てきた答えはひとつ。
「……賭けるしかない」
落下する人は速度を上げ、庭園を目指して落下してきている。
迷っている暇はない。私に残ったチャンスはたった一回。外せば確実に死ぬ。あれが。
「(落下した瞬間に私が回復させる。体の部分が少しでも残っていれば助けられる!!)」
錫杖を掲げ、私を中心としていくつもの障壁を張り巡らせる。
この策は、まずは私が衝撃に耐えることが前提。目を瞑り、地面に丸くなって姿勢を低くした。
「きゃぁっ!!!!!!」
刹那、尋常ならざる爆発と衝撃。
花壇の破片が散弾のように飛び散り、凄まじい揺れと一寸先も見えない土煙が視界を覆う。
次から次へと障壁を残骸が貫く。障壁の耐久値がガリガリと削れていく。
数秒の揺れは、数時間に引き延ばされたかのように長く感じられた。
「(ゆ、揺れる!!思ってたよりも何倍も揺れるし長い!!早く終わって……えぇっ!?)」
その時、私の視界の隅に一人の少年の影が映った。
全身はズタボロ。背中には特に大きな傷。あれは……ツノ?いや、流石に見間違いだろう。
私は結界をギリギリまで解除。大きな瓦礫は障壁で防ぎ、防風と砂塵の渦中で走り出す。
何度も躓き、小石が頬を掠める。血が頬を流れるも痛みは感じない。
ふっふっふ。たかが擦り傷程度で私の足が止められると、思うなぁっ!
「届けぇぇぇ!!!」
錫杖の先端を少年に向け、私は過去最大級の翡翠色の魔力を球状にして放出。少年の額に命中させる。
魔力の塊はすぐに爆散し、少年を中心として余波が発生。私の傷も癒えていく。
どうやら、魔法はなんとか成功したようだ。
「よしっ!!あとは早く障壁を——」
錫杖が手から滑り落ちた。
あ……れ?体に力が入らない。それに、めまいもする。
力を使いすぎた反動……最悪だ。
薄れゆく意識の中。見えたのは、頭目掛けて飛んできた大きな石。障壁が消えている。
「(あ。これ、間違いなく死ぬわ)」
ごめん、フィーナ。さっきは酷いこと言っちゃった。私が間違ってるとは思わないけど。
メリッサちゃんとフォルちゃんもごめん。
同世代の“龍選者”だったけど、私はひと足先に逝くよ。
それに龍皇様。他の人たちみたいに、私は心から敬愛できなくてごめんなさい。
視界が真っ暗になる。涙が頬を伝い、何かが盛大に砕ける音。多分私の心。
「た、すけ……て……」
私の意識は海底へと沈んでいった。
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