敵を癒した娘は、再び龍に命を狙われる
@namari600
プロローグ
「ティアナ様、急患でございます。大至急、治療室までお戻りください」
「……フィーナ、あなた正気なの?」
私はテーブルの上に座っている幼龍に角砂糖を渡す。ついでに、目の前の紅茶にも投入。
スプーンで二、三回かき混ぜて一口。まだ足りないかな?
小さな爪で、少しずつ角砂糖を崩している幼龍の姿が目に入る。可愛いなぁ。
「聞いていますか?」
一人で癒されていると、目の前の銀髪メイドが淡々と現実を突きつけてくる。
「私からすれば、ティアナ様こそ正気の沙汰ではございません。命と紅茶、どちらを優先すべきかは聞くまでもないかと」
「私は”たった今”休憩を取ったばかりなの。朝からぶっ通しで回復魔法を使い続けたおかげで、私の体は疲労困憊の」
「そうでございますか。さ、早く行きましょうね。患者がパタリと死んでしまいます」
……物騒なことを口にするなぁ。
たとえ本職が私のお目付役だとしても、あなたも同じ医療の現場に立つ者でしょう?
もうちょっと、優しい言い方ができないものかなぁ。
「ねぇ。最近の仕事量、なんか異常に多くない?私の元に運ばれるのって、本当に危険な患者だけなんだよね?」
「上がこれだけ混んでいるのならば、下はそれ以上に逼迫しております。仮設病棟も満員。街中の診療所も、患者が入れ替わり状態です」
「はぁ……」
私はため息を吐くと、少し冷めた紅茶を一気に飲み干す。
回復魔法を扱える者は限られる。対して増え続ける患者は限りを知らない。
底に沈んだ砂糖が、疲れた体に染み渡る。
私は空になったカップを机に置き、椅子に掛けてあったローブを羽織った。
「今すぐ向かうよ。あと、念のために錫杖の用意だけお願い。私の魔法が怪我に追い付かなかった時に使うから」
「かしこまりました。それと、今回の怪我の程度なのですが——」
銀髪メイド——フィーナは”少し”膨らんだ胸ポケットから一枚の紙を広げ、その場で読み上げた。
「片腕が欠損。しかし体は残っている。あぁ、それと意識が無いようです」
「……必ず錫杖を持ってきなさい。それと、本当に死にそうだから急ぐわよ!」
「了解しました」
フィーナの姿が風のように消える。私も休憩室を急いで出ていく。
いつの間にか、幼龍は丸くなって眠っていた。差し込む日差しが暖かい。
「君は平和だねぇ」
去り際の一言は、睡魔に飲まれた彼には聞こえなかっただろう。
***
「……ふぅ。これで腕は元通り、と」
錫杖の先端で輝く翡翠色の光が消える。これでやっと一息つける。
目の前にはスヤスヤと眠る若い兵士。さっきまで生死の境にいたとは思えないや。
そっとフィーナに目配せ。銀髪メイドは小さく頷き、治療室の扉を開ける。
「治療は終わりました。そんなところで聞き耳を立てていないで、お仲間の顔を見てやってください」
フィーナに招かれ、救護室の中に入ってきたのは数名の大柄の兵士達。
彼らは小さな寝息を立てている彼の姿を見て驚き、壊れたように声をあげて泣いた。
そんな彼らの姿を見た私とフィーナは治療室を後にした。
「ティアナ様、本日もお疲れ様でした」
「フィーナもお疲れ様。なんか、日に日に運ばれてくる人が増えている気がするよ」
「気がする、のではなく増えているのです」
「これも叛徒達との争いの代償かぁ……嫌な話だよ」
私たちの国である龍崇国デライアンは、龍を神と讃える”龍崇教”を国教とする大陸最西に位置する大国。
この国は長きにわたり”龍皇”と呼ばれる最高指導者によって統治されている。
さらに国民全てが龍崇教を信仰する”龍崇者”であり、才能を持つ者は龍皇直属の騎士団や魔法師団への入団が許可される。
そんな私達が交戦するのは、龍を嫌う者の連合軍——通称”叛徒”だ。
代表として挙げられるのは獣人、悪魔、ゴーレムにハーピィ、それと…………あれ?
「ねぇ、なんか敵対してる種族が多くない?」
「力を持つ者が疎まれるのは宿命であります。……個人的には、人間よりも共闘相手の方に恨みは向いていると思いますが」
「お、噂をすれば——」
窓の外を大きな影が横切った。
巨大な一対の翼。
全身を覆う硬い鱗。
太くねじれた立派なツノ。
——紅の龍が空を優雅に飛んでいた——
「……たまには私たちも外でお茶でもしよっか?急患が来たらその都度対応すればいいし」
「分かりました。では、私は紅茶とお茶菓子を準備してまいりますので」
「ありがと。私は先にいつもの庭園に行ってるから。この時間は誰もいないはずだしね」
「了解いたしました」
私はお目付役のメイドと反対方向へ歩き出した。
——この時の私はまだ何も知らなかった。
これは、『癒し』の龍選者ティアナが祖国を殺す伝記である。
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