雷門の猫

越知鷹 京

第1話 夢をかなえる ネコ ?

その猫は 走った――。


走って走って、閉まる踏切の中へと駆けていった。

裸足の指がアスファルトを蹴りあげ、速度を増してゆく。


夜の鉄路で、震える手で妹を抱え込んで、心中を図る姉妹のもとへ。


―― 死なせるものか! と、猫は雄叫びをあげる。



だが。その目と鼻の先で姉妹は、二度と戻らぬ肉塊へと変わってしまった。



震災で親を亡くしてしまった子供たち。差し伸べられた手は、養護施設での虐待であった。ここの施設長にホームレスの経験は無く、まして、孤児の経験すらも無い。弱い子供にはカサにかかって、強い大人にはケツをまくることしか考えていないエテ公のような男だった。


「家無しのガキをさらって、国に申請すれば、勝手に銀行に金を落としてくれる。ありがてぇ国だよな、この国は」


施設長は気に入らないことがあれば、気が済むまで子供を殴る。ガキなんざ、ちょっと殴れば 泣いて謝る。運よく、金の成る大株を手に入れたようなものだ。


やりたいことを、やりたいだけやれる時代だと、この男は思っている。


そんな現状が 腹に据えかねた スタッフのひとりが『ねこ様あぷり』に コメントを書き込んだ。


『ねこ様、どうか助けてあげてください。私では施設長が恐ろしく、どうしようもありません。どうか、被災した子供たちに、救いの手を差し伸べてください』


コメントが 書き込まれた頃には、姉妹は すでに踏切の中にいた。満足に食事も与えられず、暴力に耐える日々だった。7歳と4歳の子供の覚悟が そこにあった。



―――


決して大きいとは いわない 肉塊に、猫は問う。

『聞いてやるから、言ってみろ。おまえらの望みはなんだ? 』


姉妹はただ、黙って俯いている。この反応が、ずっしりと腹にくる。

『俺がこの世で一番ムカつくのは、てめーらみたいに、なんでも諦めた顔して、なんにも諦めきれてねー、ガキどもだッ!』


おかしなことを言う猫に、姉妹はゆっくりと言葉を紡いだ。

「会いたいよ。お父さんとお母さんに会いたいよぉ」


この期に及んで、父母に頼ろうとする子供に腹を立てた。


『その願い。何があっても、絶対に忘れるなよ』

その猫は イラついた顔で、延びゆく鉄路に 力強く 爪をたてた。



――日本史上、最も偉大な猫がいた。


  幼き日に人間を愛した猫。

  死してなお、英霊となりて、人間に恩を返した猫。


  その猫の名は……『猫神あぷり』――。




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