【恐い話】保食神

私達は、とある部屋に閉じ込められていました。

老若男女合わせて、30人くらいでしょうか。


天井も床も壁も、全て真っ白な部屋でした。


皆、拘束されている訳ではなかったけど、何故か誰も動こうとせず、体育座りで大人しくしていました。


大人しくしているとは言っても、生きてはいますからお腹は空きます。


すると不思議なことに、丁度お腹を空かせてきた辺りで突然眼の前にマルゲリータ•ピザが現れるのです。


瞬きの間に、魔法のように。


それが部屋の仕組みなのかルールなのかはわかりませんでした。

ですが、いつも熱々で出来立ての、美味しい美味しいピザが、すっと出てきました。


深いコクと旨味の中に、酸味がしゅわっと効いたトマトソース。

濃厚なのにあっさりとして、フレッシュな乳の匂いが鼻を抜けるモッツァレラ。

トマトソースの赤と合わせることで全体のコントラストを整え、摘みたてで大地の恵みをそのまま享受したような爽やかなバジル。


いつ食べても、何度食べても飽きは来ませんでした。


しかしある時から、その美味しい美味しいマルゲリータ•ピザに、ブルーチーズがトッピングされるようになりました。


ブルーチーズはクセが強いはずですが、品種のおかげかマルゲリータ•ピザに乗っていても喧嘩せず、不思議とあの刺激的な匂いは更に食欲を引き立て、独特の塩味がマルゲリータ•ピザのシンプルな美味しさに奥行きを作ってくれました。


するとどうでしょう。


だんだんと出てくるピザに載っている、ブルーチーズの量が増えてきたのです。


だんだんと、だんだんと、増えてきたのです。


それはもう、こぼしてしまうほどに。














ある日、私の隣に座っていた人が、出てきたピザを食べようとして、ブルーチーズをこぼしてしまいました。


すると、


その人は、




身体が全てブルーチーズに入れ替わってしまいました。


直後の一瞬、それは人の形状を留めていましたが、どさっ、という音とともに崩れ落ち、独特の刺激臭を辺りに振りまいていました。


そして、その人間だったものは、はたと目を離した隙に、香りと共にどこかへ消えてしまいました。


まるで、ピザが現れるときの、魔法のように。




次に私の眼前に現れたピザには、薬指の形をしたブルーチーズが載っていました。


これは、あの人が変わってしまったチーズなんだ、と分かりましたが、美味しいことにはなんら変わりないので、こぼさないようにきれいに食べました。






一人、また一人とチーズになる人が、増えていき、塊は手品のように消え失せ、次のピザにトッピングされていくようになりました。


一人、また一人。






一人、また一人。














気付いたら、私だけになっていました。


存外食事の仕方が丁寧なのかも、と思いました。


それでも、30人はいたであろう人間の体積分、増えたチーズは私1人分のピザには到底載り得ません。






さて、どうしたものかと思慮していたところに、


脳内に大きな声が響いてまいりました。




「お前はこれからどうしたい」


私は、


「チーズではなく、ピザになりたい」


と答えました。




すると、私の頭蓋は割れ、中からトマトソースが溢れ出してきました。


私の目玉はとろけ落ち、モッツァレラチーズが押し出されてきました。


私の腹は切り捌かれ、中からピザ生地が焼き立ての香ばしい匂いと共に一枚、一枚と産み落とされました。


私の眉上からは粗挽きの黒胡椒がこぼれ出て、芳醇でスパイシーな風味をもたらしました。


私の額からはオリーブオイルが滝のように溢れ出して、フレッシュな青い香りのアクセントをピザに与えました。


私の陰部からはバジルが咲き乱れ、摘みたての甘味と苦味をいつまでも新鮮に保ち続けました。










こうして、私はいつまでもピザになり続けました。


いつまでも、いつまでも、いつまでも。


とてもしあわせです。

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