【怖い話】103号室からのお誘い
まだ大学生だったときの話。
大学まで徒歩10分という好立地の1Kマンションに住んでいた。無論多くの住人は学生という、所謂学生向けマンション。
ある日、ポストを見ると雑多なチラシの中に四つ折りされたしわくちゃのA4用紙が入っていた。中身は赤いボールペンで書かれていた。
「ワタシ、103号室の菅村です
お鍋、一緒に、食べませンか
オイしいやさいとお肉、用意します
参加ヒは1人500円です
おサケはみなさン持ってきてください
ワタシはびーるがだいすきです
小ユビ、リョウホウありませンが、ヤクザもンじゃあありませン
事コでなくしました
背なかにダイコクテンさま、しょってますが、ヤクザもンじゃあありませン
ヨったイキオいで彫りました
なかよくしたいです
ぜひ来てネ」
震えた線で書かれたその手紙の中身はあからさまな怪文書である。無論参加する気はなく、かといって放置してても少し怖かったので、管理人さんにこれが投函されていた旨を伝えると、「やっぱりかあ…」と渋い表情をしていた。どうかしたのか、と聞くと、「103号室は今空室なんだよね。先週出ていったばっかりでさ。もちろん菅村なんて名前じゃないよ、普通の男性」
えっ、と固まっていると続けざまに、
「ただ、10年以上前に菅村って人が住んでいたのは本当でね。いつも軍手をしていて、夏でも長袖を着てて、日雇いで暮らしてるみたいだった。かといって家賃を滞納したり、周りの人ともトラブルも起こしてなかったんだよ。出ていくときもキチンと書類手続きを踏んで、部屋も普通に使ってくれていたみたいで、退去後の清掃業者も特に困った様子はなかった。ただ」
居つかないんだよね、そのあと103号室に住む人は
「長くても2年は持たない、早い人なら半年ちょっとで出て行っちゃう。いや、別におばけが出るとか嫌な雰囲気がするとかっていう苦情はないよ。ただ、予定ができて引っ越すとか彼女と同棲するとか、キャンパスが変わるとか転勤になったとか。ほんとにありきたりな理由なんだけど、長くは住んでくれないね」
じゃあ、この手紙は一体誰が入れたんですかねと尋ねると、
「うん、その手紙は103号室から退去者が出たときに毎回、皆のポストに投函されるんだ。だから今回もそろそろクレームが来るかなって思っててさ」
退去者が出るたびにってことは、103号室が空室になると手紙が投函されるってことですか。
「そう、実害はないから警察は取り合ってくれないし、管理会社もあんなステッカー貼るだけ」そういって管理人さんの指した先には、「不要なチラシ・ポスティングお断り!」の文章と睨んだ目のようなアイコンが描かれたステッカーがあった。
「でも、不思議だよねえ。誰が書いてるんだろうね。毎回手書きで同じ文章だしさ」
空室の103号室に、500円とビールを持っていったら誰に歓迎されるのだろうか。
金もなく卒業が近かったので、その件があっても引っ越すことはしなかったが、結局手紙が投函されていたのはあの一度きりだった。
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