青春を謳歌したい俺の転生学園生活 〜高望みは捨てて、甘酸っぱい青春を追い求めます〜

水没竜田

入学式

「でっか……」


 都市をぐるりと囲むように築かれた壁を見上げ、思わず声が漏れてしまった。


 なんてたって、あまりにも大きすぎる。


 函谷関かんこくかんというかウォール・マリアというか、それらを彷彿とさせる無機質な灰色の壁がそびえ立っている。

 

「何だぁ? 田舎から来たのかぁ?」


 嘲笑うように声を掛けてきた男は回答を待つことなく、ポケットに手を突っ込みながら我が物顔でスタスタとレンガ造りの道を歩いていく。


 田舎出身であることを馬鹿にされて頭にきたが、それよりも一連の男の行動は何だったのだろうという疑問が残る。


「そこの君! さっさと進みなさい!! 後ろがつっかえるでしょ!!」


 教師と思われるスーツ姿の女性に指を刺された俺は我に返り、馬車から降りてくる他の生徒たちの邪魔にならないよう歩き出した。


 オレンジ色の屋根と白色のレンガ造りの壁で統一された中世ヨーロッパ風の町並みに改めて異世界に来たんだということを感じつつ、学園行きの馬車に乗り換えた。




 学園都市エーテルダム――ライデスト王国内に位置する教育機関と研究機関の両方の側面を持つ大陸一の学園都市である。


 勇者リト=キンドレッドと共に魔王を倒した賢者マリウス=エーテルダムが未来を担う若者の育成及び魔法学の発展のために設けた場所であり、現統治者であるギルラ=エーテルダムまでの五百年間、代々エーテルダム家の人間が管理してきた。


 都市内には全寮制の魔法学校と研究所の他に飲食店や雑貨店などが並んだ商店街、緑豊かな公園、屋内プールなどが詰まった居住スペースが存在し、生徒たちが伸び伸びと学園生活ができるよう工夫されている。


 都市内外の警備は厳重で、都市の住人または学園の生徒、教師、研究員と魔法騎士団員以外の人間は壁内への進入は禁止となっている。


 また、都市に住んでいる間は壁外に出ることも禁止されており、一度でも出れば二度と戻ってこれないと言われている。


 もちろん、学校または研究所以外の敷地での魔法の使用は魔法騎士団の衛兵を除いて禁止されている。使用した場合はどんな理由、身分であろうとも即退去となるそうで、実際に国内の有力貴族が追放された事があるそうだ。


 他にも色々とルールが存在するようだが、なによりこの由緒正しき学園を卒業することはこの大陸内において代え難いステータスとなっているため、隣国からも貴族が訪れているらしい。


 ここまでの知識含めて人伝に聞いたことだから本当かどうかは分からないけど……


 そんなところにどうして田舎育ちのド平民である俺、カイルが来たのか。

 

 それは遡ること十五年前……俺は転生した。


 紺色の髪と透き通った黄色い瞳を持つ少年として人生のやり直しをすることになった。


 転生するにあたって女神と名乗る女性から授かったチート魔法のおかげで生まれながらにとある魔法が使えるようになり、農作業の手伝いと魔法の練習をしながら両親や兄弟たちと幸せな時間を過ごしていた。


 人生勝ち組とはこのことだなと歓喜していたのも束の間、俺はこの世界が現実であることを理解した。


 転生と聞けばチート能力を使って無双し、ハーレム形成して美女たちと毎日イチャイチャして……というのを思い浮かべるのは俺だけではないはず。


 まさに男の夢であり、そういう作品を読んでは俺もこうなりたいな〜と憧れ、女の子たちを侍らかしながら敵を容赦なく倒していく妄想を幾度となくしてきた。


 だが、実際に異世界に来て女神からチート魔法をもらって十年が経った頃には徐々に気づきだしていた。


 自分のチート能力には明確な弱点があること。


 農村育ちで武術とか剣術といった近接戦闘の心得がないため、接近されれば防衛手段がないこと。


 中高男子校だったせいで女性経験が全くないこと。


 物語の主人公のように相手の好意に対して鈍感ではない……気がすること。


 上げればキリがない不安要素に俺が描いていた異世界無双ハーレム譚がいかに現実離れした夢物語であるのかを悟った。


 それからは魔法の力を磨きつつ、せめて前世の自分よりも幸せになることを目指すことにした。


 そして、運良く領主を助け、運良く魔法の才能を見出され、運良く領地内で行われた入学試験を合格し、俺はエーテルダムに入学することになった。

 

 えっ!? 飛ばしすぎ?


 じゃあ簡単に説明すると、盗賊が馬車を襲っているのを正義感から助けたら、そこに乗っていたのが領主様で、領主様の援助のもとエーテルダムに行くということを領主様からのお礼という名の命令によって入学することになったのだ。


 ちなみに、入学試験は各領地で学園関係者による筆記試験と実技試験が行われる。


 筆記試験は一般常識が大半を占めていて解きやすかったのだが、実技試験は動かない的に対して自分が持つ最も凄い魔法を放て! という魔力量を測るためだけのテストであり、俺からしたら予想の上をいくほど嫌なテストだったのだが……


 

「いまからランクを発表する。既に知っている者も多いとは思うが、それぞれの実力に応じて生徒手帳の色が異なる。ランクが高い者から順番に黒、赤、青、黄、緑の生徒手帳が配られている。これは学園内での実力を測ることを目的としており、学園の方針である実力至上主義と決闘数削減につながる――」


 学園中央にある巨大な円形闘技場に集った新入生たちは各々の胸ポケットに入っている生徒手帳の色を確認する。


 黄――下から二番目のランク


 上でも下でもない青が良かったなぁというのが本音だが、試験内容から考えたらよく頑張ったと自分を褒めるべきだろう。


「――以上がランク制の説明だ。質問があるなら挙手してくれ」


 説明を終えた男性教師は新入生をぐるりと見渡す。


 前世であれば、こういう時に手を上げる者はいなかったのだが、異世界の入学式ではどうやら違うらしい。


 自信の現れか、真っ直ぐと天を突き刺すように手を上げている人がいる。


「はい」


「レオ=キンドレッド、何か不明な点があったか?」


 名前を呼ばれ、立ち上がった男は威圧的な教師の態度に物怖じせずに口を開く。


「ランク内での順位というのはわからないのでしょうか? 生徒間で実力を把握することを目的とするのなら、順位を付けた方がより分かりやすいと思うのですが」


 レオが話し始めると、男女関係なくキャーキャーと喚き出した。


 それもそのはず……レオという男は遠目に見てもイケメンだった。


 金色の瞳、艶を感じさせる白髪、整った顔立ち、スラッとした脚長のモデル体型、大人びた佇まいなど何もかも揃っている。


 まさにモテの化身。


 ビジュアルは黒ランクで確定だろう。


「順位を上げるための決闘を防止するためだ。順位が開示されれば少しでも順位を上げるために決闘を行おうとする者が増え、当初の決闘数削減の目的が叶わなくなる……そうだな、新入生諸君に伝えておくとしよう。黒の生徒手帳が配られたのは例年の倍以上の十名だ。その中でレオ=キンドレッド、君が今年の首席だ」


 教師がそう言うと、拍手をしながら「さすがです!!」「レオ様ー!!」というスタンディングオベーションが始まった。


 レオもそれに応えるようにイケメンスマイルを振りまきながら、手をひらひらと動かす。


(まさかコイツ……がしたかったのか?)


 ひん曲がった性格だなと思いながらも、ノリに合わせて拍手しておいた。


 なぜレオ様と呼ばれているかも知らずに。

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