第25話

 彩羽さんがぼくの隣から離れなくなってしまった。


「の、飲み物でも飲んで一息つきましょうか。コーヒーでいいですか?」


 彩羽さんはこくんと頷くが、ぼくの隣から離れようとしない。ぼくがそろそろと立つと、一緒に立ち上がり、両手をぼくに回してきた。10センチの距離があってもはなしてくれない。


「あの……彩羽さんは座ってていいんですよ」


 彩羽さんはふるふると頭を振ってぼくの側から離れない。ぎゅっと、ぼくのおなかの反発感が強くなる。


 そろりそろりとぼくは台所に向かう。彩羽さんはぼくに抱きついたまま一緒に移動してきた。お湯を沸かすにも気を使わねばならない。危ないので少し離れて欲しいが、どうもはなしてはくれなさそうた。


 ぼくはなるべく気をつけながらコーヒーをいれはじめた。コーヒーをいれる間も彩羽さんはぼくに抱きつき、時折頭をくりぐりとぼくに押し付けてくる。そのたび、彩羽さんの香りがふわりと広がり、ぼくの心拍数は上がっていった。


「あの……コーヒー、テーブルまで持っていくので、少し離れてもらえると……」


 彩羽さんはまたふるふると頭を振った。どうしても離してくれない。ぼくは仕方なく、コーヒーをこぼさないように、彩羽さんにぶつからないように気をつけながら移動を始めた。


 なんとかコーヒーをローテーブルまで運び、ぼくはソファーに座った。続いて彩羽さんも隣に座ってくる。ぎゅっと身を寄せ、ぼくの手のひらに彩羽さんの手のひらを重ねてきた。ぼくの心の休まる暇が無い。


 しかし、元気づけるためとはいえ、ぼくはいろいろと恥ずかしいセリフを言ってしまった気がする。涙は止まってくれたので良かったが、これはぼくの黒歴史になるのではないだろうか。勢いとは恐ろしいものだ。






「……私は、頼ってもいいのでしょうか……」


 しばらくたって落ち着いたのか、ようやく彩羽さんはそう口を開いてくれた。まだ手は重ねたままだ。


「もちろんです。一緒に、頑張りましょう」


「今よりもっと、迷惑をかけるかもしれません……」


「迷惑だなんて思いませんよ。これは僕のやりたいことなんです」


 なるべく明るい声をだすように僕は努めた。彩羽さんに罪悪感をおぼえてほしくはない。笑顔でいてほしいだけだ。


「天宮さんは優しすぎます。こんな駄目な天使のためにそこまでしてくれるだなんて」


「駄目だなんてことはありません。向き、不向きがあるだけです。ちょうどぼくは彩羽さんの不向きなところをお手伝いできるかもしれないだけですよ」


「それでも、天宮さんに負担をかけすぎています。天使として、恥ずかしい限りです」


「天使とか人間とか、それは関係ありません。ぼくたちは対等なパートナー、ですよね。どうしても気になる、というなら、ぼくの神父の仕事を少し手伝ってもらっちゃおうかな」


 ぼくは少しおどけてそう言った。


「ふふっ……ありがとう、ございます。心から」


 彩羽さんにようやく笑顔が戻ってきた。ぼくはほっとしてコーヒーを一口すすった。また無言の時間が過ぎるが、重苦しい雰囲気はもうどこかへいってしまった。






 落ち着いたぼくらは、明日からの新たな巡回について計画をたてはじめた。


「まず再確認ですが、ぼくもインスタント束縛術を持つ、ということでいいですよね」


「はい、お願いします。でも天宮さんは人間で悪霊に正面から迫るには危険なため、できるだけ悪霊の死角から迫るようにしてください。私が悪霊の気を引きます」


「わかりました。二手にわかれましょう。人混みの中の巡回は今まで通り、僕が行います。悪霊らしき人を見つけたら彩羽さんを呼び出すのも今まで通りです」


 再確認すると、ぼくの負担はそれほど高くないような気がしてきた。彩羽さんと悪霊が話しているところに後ろから迫ってインスタント束縛術を貼り付けるだけなら、ぼくでもできそうだ。


「インスタント束縛術を使うかどうかは私が判断します。片手を後ろに回してサインを出すので、それを見たら天宮さんは悪霊の死角に移動し、隙をみて束縛してください」


「わかりました。ところで、このインスタント束縛術は人間にも効果があるんてすか?」


「いいえ、これは悪霊にしか効果がありません。人間に貼り付けても何もおこりませんね」


「間違って人間に使っても大丈夫なわけですね。少し安心しました」


 貼り付けなければいけないこと以外は、使い勝手は悪くなさそうだ。


「悪霊らしき人が人間だった場合は、今まで通り周りの警備の人か警察を呼んで対処してもらいましょう」


「これで計画の修正は終わりましたね。ぼくの危険も少なさそうなので安心してください」


「そうですね……最初から天宮さんと相談しておけば良かったかもしれません」


「ぼくらはパートナー、ですからね」


「はいっ!天宮さんがここの担当で、本当に何よりです!」


 彩羽さんは満面の笑顔でそう言った。いつもの彩羽さんが戻ってきて嬉しい。明日の巡回から危険も増えるが、彩羽さんの役に立つように頑張ろうとぼくは改めて決心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る