めぐる巡る傑作。

転校前の稲荷は、相変わらず、無表情なところがあった。

国語と道徳以外優等生で、いじめの標的にされてもひょうひょうとよけ、意外と人気があった。


「稲荷ちゃんってさ、頭めっちゃいいよね」

「完全なる天才?みたいな。元々の脳の作りが違うっていうか」


よく言われる。

冗談半分で全員言う。

ただ、言われ続けたら、なんか、本当にそんな気がしてきて。

自分はほかの人とは違う。

そう思うことで、孤独を深めたのかもしれない。

ただ、秀才とは一度も言われなくて、秀才じゃなく天才なら、今までの努力はすべて―――。



「ハァ。わたくしが疑われるのも違うので、出てきてくださいヨ」


僅か数秒の思い出しは、そんな声に打ち消された。

さらっと、一瞬肩甲骨あたりまで伸びた黒髪がのぞいた……気がした。

ほんの一瞬だったので、唯人は気が付かなかったのか、その人物が出てくる直前にこう言う


「……そこに、主犯がいるのか」


その一声で、先ほどの髪の持ち主は出てくる気配を消してしまった。


「全く……。唯人君は繊細な心ってものが分からないんですカ?」

「―――お前に言われたかないわ」


顔をそむけた唯人は、椅子に置いたリュックサックを持ち上げて立ち上がった。

そんじゃ稲荷。と稲荷に言い残し、唯人が去っていく。

数秒して、藍が稲荷の方を向いた。


「稲荷さん、といいましたカ。お願いでス。彼女のために、唯人君を納得させる手伝いをして下さイ!」


稲荷の左手を強く両手で握った藍は、そう懇願した。


「悪いけど、無理」

「なっ、なぜですカ⁉」

「名前も知らない奴の為に私は尽くすほどお人よしじゃない」

「―――ハッ!そういうことですか。唯人君の絵を見たことがないから……。きっと見れば分かりまス‼ならさっそく美術室に―――」

「そういう問題じゃない。第一本人も嫌がってる。私が依頼を受けてあげようと思ったのは近藤。あんたじゃない」


カバンを持つと、稲荷も教室を出ていく。

それとすれ違うように、先ほどの隠れてしまった、「主犯」と疑われる人物が教室に入った。


稲荷が出て行った教室では、藍とその少女が二人。

先に声をかけたのは藍だった。


「大変なことになってしまいましたネ。大丈夫ですカ?」

「……私のせいでこんなことになってて、ほんとにごめんなさい……」

「いえいえ。それに唯人君は秀才で、彼の描く絵は神隠しになるべき。そう聞いた時、すごく共感したのですヨ」

「でも、本人が嫌がってるように見えた、から、もうやめようかなって―――」

「それはいけませン‼」

「え?」

「やはりあの絵はあるべき場所にあるべきでス‼」

「そう、だよね、やっぱり」

「ええ!だから、これからも、応援しています!―――折原優菜さん」


折原優菜―――優菜は、藍に向かって笑った。

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