第3話 みかん農家の子

「勇者マーカスとその一行よ、まさか貴殿きでんらまでもが魔王に返り討ちにされようとは・・・」


 国王ジャヌスは、傷だらけで帰還きかんした勇者たちをまえに、なげいた。


「だがともかく、本日は貴殿らの健闘をたたえよう。よく無事に帰った」


 国王の左右に列をなす騎士たちが、ざっと剣を胸の前に構えた。戦場の英雄をたたえる、アリアネス王国の慣例である。


 国王が、ひとりひとりの前に歩み寄る。


「勇者マーカス」


 マーカスは小さくうなずいた。28歳にしてすでにこの国の伝説的な英雄となっている彼は、この儀式にも慣れている。


「聖騎士グロリア」


 いつもは冷ややかな表情のグロリアも、騎士として名誉をたたえられるときには顔は上記する。美しい花がわずかに色づき、可憐かれんさをまとったようだった。


「戦う僧侶のバヌス」


 バヌスはつるつるの頭に手をやって恐縮した。


「魔法使いのカールゲン」


 カールゲンは無表情だ。深いしわの刻まれた顔には、少し影がまとわりついていた。ある意味では、彼の召喚魔法のせいで、魔王に敗北したのだ。グロリアに責められずとも、自覚していた。


 そして、このお馴染なじみの四人の仲間たちに加えて、国王はひょろっとした風変りな男の前に歩を進めた。


「そして、総理大臣のフジタよ」


 藤田は背筋をぴんと伸ばして落ち着いていた。


 グロリアが使いの飛竜ワイバーンを呼んで魔王の城から脱出し、アリアネス王国に帰還するまでのあいだ、どうにか彼はその身に降りかかった数奇な運命を受け入れようと努力していた。


 異世界召喚の知識・・・そして若いころに熱心にプレイしたファンタジーRPGの知識を思い出し、適応しようとする。適応は、彼の特技だ。どんな派閥にも、すぐに馴染なじんできた。


 落ち着き払っている藤田とは対照的に、国王はジロジロと藤田を見ていた。禿げてはいるが、バヌスのように完全につるつるというわけではない。四角い眼鏡は、知的さを引き立てるよりもその貧弱な体躯たいくをより強調するかのように弱々しいものだった。


「ときにフジタよ、そなたは究極召喚によってこの世界に呼ばれたと聞いているが、総理大臣とはいったい何なのだ?」


「総理と呼んでいただいて結構です、陛下」


「ソーリ・フジタ」


 国王は繰り返した。


「光栄です。総理とは、政治家の一番の責任者・・・恐らく、宰相さいしょうというのが近い存在でしょうか」


「宰相?」


 国王の言葉にはまだ疑念が宿ったままだった。


「宰相・・・この世界では、誰もがなれるものではない。そなた、高貴な家柄いえがらの出なのか?」


「いいえ、みかん農家の子です、和歌山の。下積みから、総理にまで出世させていただきました」


「みかん?」


「ええ・・・オレンジみたいなものです。この国に、ありますでしょうか?」


「ああ・・・」


 国王は理解を示すと同時に、不理解も深まっているようだった。


「この世界では、相当に難しいことだ。農家の者が一国の宰相になるなど。正直なところ、そなたにそれほどのカリスマがあるとも思えぬ・・・失礼ながら。そなた、得意な能力は何か?」


調整力ちょうせいりょくです」


 藤田は胸を張った。一方で、国王の失望は深まった。


「調整力?」


「はい、我が国のような民主主義国家では、派閥をまとめるのに特に重要となるものです」


「よくわからぬが・・・調整力とやらは、魔王を倒す助けにはなるのか?」


 藤田は胸を張ったことを後悔し、顔を曇らせた。


「それは、まだ分かりません・・・」


「だろうな」


 国王はマントを翻すと、藤田のもとをはなれ、玉座へと戻った。


 ソーリ・フジタ—-まったくもって、理解不能な存在だった。究極召喚で呼び出されたのが、こんな貧相な男とは・・・さすがの勇者マーカスたちも、これでは魔王に勝てないだろう。


「国王陛下!」


 衛兵が赤いじゅうたんの上を息を切らしてかけてきた。


「悪竜ユムドギヌスが、街に攻撃をしかけてきました」


 その報を聞いて、国王はまぶたを手で覆った。


「まさに、泣きっ面にはちというわけか・・・」


 謁見えっけんの間に、重苦しい空気が流れる。


「悪竜ユムドギヌスめ・・・我々が見逃してやったのをいいことに」


 勇者マーカスは、忌々しげにつぶやくと、国王のもとへ一歩足を踏み出した。


「我々が、再び討伐とうばつしてみせましょう」


「ああ・・・正直なところ、それしか手がない」


 国王はうなだれるように言った。マーカスは剣のつかに手をかけながら、駆け出す。


「いくぞ、グロリア、バヌス、カールゲン・・・そして、ソーリ・フジタ」


「私も?」


 藤田は思わず自らを指さしながら問い返した。


 グロリアが、半ば藤田の首根っこをつかみみながら、半ば引きずるようなそぶりをした。


「そもそも、あんたのせいでこうなったんだからね。」

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