言霊(ことだまの)の国から来た男

淡路こじゅ

第1話 いろいろな意味で栄光のとき

藤田健一ふじたけんいち君を、本院により、第119代内閣総理大臣に指名することに決まりました」


 それは、栄光のときだった。 


 議場の半分からは熱気のある拍手を、残りの半分からは冷ややかな眼差しを受けながら、藤田は立ち上がり、深々とお辞儀をした。


「これからだ、これからなんだ」


 藤田は、こうべを垂れ自らの足元を見つめながら、心の中で強くつぶやいた。


 無能な党の長老たちにおべっかを使い、若手の選挙に資金を工面くめんし、無責任なマスコミにも叩かれぬよう細心の注意を払い続けてきた。長い下積みの日々、すべてはこのときのため。


―――日本を、立て直す。


 数代続いた神輿みこしに乗るだけの無能な総理大臣とは違う。日本の歴史を深く勉強し、外国の動向にもずっと目を向け、米国やEU諸国にも独自の人脈も築いてきた。日本を立て直す戦いが、ここからようやく始まるのだ・・・


 藤田健一64歳、人生の絶頂にして、新たな上り坂の入り口に立った男。2049年。


 そのとき、神々しい光が、彼を包んだ。





 魔王との闘いは、熾烈しれつを極めていた。


 勇者マーカスは、肩で息をしながら、仲間たちを振り返った。


「回復の祈りは、まだ使えるか?」


「もう無理って言ってるでしょ」


 そう答えたのは、白銀の鎧に身を包む聖騎士のグロリア。一見物静かな25歳の金髪美女だが、不機嫌なときの冷ややかさは焼きごてをも凍らせると言われている。


 グロリアは隣に立つ筋骨隆々の中年男性の方を見た。


「あんたは、バヌス?」


「もう無理だ・・・限界」


 バヌスは気弱に言う。拳闘けんとうでは最強と言われているが、発言は常に弱気だ。戦う僧侶モンクである。


 マーカスは覚悟を決め何度かうなずいた。


「ならば、攻め切るしかないなぁ・・・カールゲン、召喚魔法は?」


「ああ・・・」


 そう言って身を折るような咳をしたのは、黒いローブを着た病弱そうな老人だ。魔法使いにして召喚師。攻撃魔法のほぼすべてを使い切った彼は、究極召喚に備え魔法陣を描いていた。


「いよいよ・・・こいつの出番とは・・・感慨深い」


「また魔王が来るわよ、さっさとやりなさい、カールゲン」


 グロリアが叱咤しったする。


「簡単に言ってくれるが・・・誰も成功したことのない、禁呪きんじゅとされた召喚魔法だぞ」


 カールゲンは不機嫌そうにそうつぶやいてから、目を閉じて最後の集中状態に入った。


 マーカスは唾を飲み込んだ。


 彼らに、もう戦う力はほとんど残っていない。カールゲンの召喚が失敗したら、彼らは全員死ぬだろう。


 魔王が咆哮ほうこうをあげ、その巨大な一歩を彼らの方へ踏み出そうとした。


 その時、彼らの目の前に光の魔法陣が浮かび上がり、神々しい白い光が魔王の城に満ち満ちた。


「おお・・・」


 マーカスたちは、あおぎ見た。その光は、神がかかげる光の槍のようであり、また彼らを優しく包み込む羽毛うもうのようであった。


 その威光いこうは、魔王をも抑止する。魔王はその輝きに視覚を射貫いぬかれ、目を覆って動きを止めた。


 四人の冒険者たちは、城に光が満ちそして引いていく様を、魅入られたように見つめていた。


 周囲は再び薄暗くなり、床に描かれた魔法陣の残渣ざんさが弱々しい炎となって揺れていた。


 そこに現れたのは、勇者たちの方を向いて深々とお辞儀をしている、高齢の男だった。


 男は顔を上げる。色白でひょろひょろ、頭は禿げ、この世界では珍しい四角い眼鏡をしていた。


 あっけにとられたような、男の視線と、マーカスの視線がぶつかる。


「・・・ええと、あんたは?」


 マーカスは問うた。


「私?ええと・・・第119代内閣総理大臣ですけど・・・」


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