第20話
「おにいさま、昼の話、どう思いますか?」
「藪から棒になんだろう」
「話を聞いてるうちに気になりまして」
家に帰ってから、しろちゃんがそんなことを言い出す。両親が帰ってくるまでの二人の時間、引っ越しの際にしまれてしまったこたつを偲びながら雑談するのは日課になっていた。
「どう思うって言われても、大変だなぁって」
「感想ではなく、事実はどうなっていると思いますか」
「さぁ……そんなこと考えるより今日の夕飯の献立を予想する方が楽しいよ」
心底、どうでもいいと思う。千尋が当事者だから少しは心配してもいいとは思ってるけど、別にこの話がこじれにこじれても精々、その中原くんと絶交するかどうか、というレベルだろう。誰かと仲が悪くなることなんて人生ではよくあることだし、そういう経験を今してもいいのではないだろうか。
「今日は魚の煮つけだそうです、今おかあさんから聞きました」
「……そんなに気になる?しろちゃんって鋭いし、千尋から事情聴取してたんだからなんとなく予想ついてるんじゃないの?」
「そうですが、おにいさまが千尋先輩を助けるべきです」
いつにもまして押しが強い、と思うけど押しが強いのはいつものことだったかもしない。仕方なく僕の考えを言う。
「3つくらい考えられるかな」
まず、千尋が言っていた通りの分かりやすい三角関係。これだったらもう時間が解決するのを待つか、中原くんと千尋が正面から話して今より仲良くなるか仲が悪くなるかのどちらかだと思う。
次に、告白した飯田さんが、幼馴染である中原くんに相談していたパターン。中原くんは飯田さんから千尋の告白の対応を聞いて怒っている。これに関しては、謝れば許してもらえると思う。
最後に、今あげた二つの複合系。これはもう最悪で何から手を付けたらいいかわかんない。大人しく中原くんと絶交するか部活やめてクラブチームとかでバスケしたらいいんじゃないかな。クラブチームなんてあるのか知らないけど。
一通り説明して、息をつく。しろちゃんは驚いたような顔でこちらを見ていた。最近、しろちゃんの表情が少しわかるようになってきたかもしれない。見た目はそんなに変わらないから雰囲気で感じ取っているだけだけど。
「思ったよりちゃんと考えてて、驚いた?」
「正直言うと、そうですね」
「そういうの考えるのは面白いけど、人に話したら下世話な人だなって思われちゃうから」
僕としても、人がこういう話をしているのを好ましいとは思わない。まぁ、当事者たちを本心で心配しているのなら別だし、むしろいい人だと思うけど、僕は千尋やその二人を心から心配しているわけでもないから、心の中でとどめておいていたのだ。今回は義妹にねだらたから、と自分に言い訳ができるから言える。
そんなことは無いと思いますが、と言いながらしろちゃんは続ける。
「私も千尋さんの話を聞く限り、おにいさまの言う最悪の事態だと思いますけど、千尋さんはどうすればいいのでしょうね」
「あんなひどい断り方をしたんだから、どうしようもないんじゃない。予想が当たってるなら嫉妬と怒りでまともに話も聞いてもらえないでしょ」
「おにいさま、それはさすがに中原先輩という人物の評価が低いと思いますが」
「いいかいしろちゃん、世の中には予想以上に短気な人とか、感情のコントロールが効かない人もいるんだよ。こういう僕も昼には不機嫌オーラまき散らしてたんでしょ?」
半分冗談、半分本気で言う。中原なる人物がどういう人間性を有しているのかは知らないし、僕は睨みつけてくる目線しか記憶にない。
「千尋先輩、本当に助けようとは思わないんですか」
疑問形でもない、どこか諭すような声で聴いてくる。あまりに真面目な声色で、空気が張り詰める音が聞こえるようだった。僕はこの感覚を覚えている。決して怒りをあらわにせず、大きな声を出すこともなく、何を考えているか読めない表情でこちらを見つめ、いつまでも言葉を待っている。懐かしい。これは―――
ハッとして、現実に戻ってくる。僕は今何を考えていた?目の前のしろちゃんをあたらめてみるけど、今度は先ほど感じたものはどこかに消えていた。思わず顔をまじまじと見つめてしまう。
「おにいさま?」
「……ごめん、なんでもないよ。自発的に何かしようとは思わないかな。僕に千尋が喜ぶような解決ができる気がしないし、そもそもバスケ部の友人がほかにいるだろうから、その人たちがまだ何もしていないとも思えない。そのうちバスケ部の中で解決するんじゃない?」
先ほどできた沈黙の時間を埋めるように、早口で言う。
「バスケ部の人たちについては、確かに私もそう思います」
不自然な部分は見逃してくれるのか、特に沈黙に言及することもなく話すしろちゃん。
車のエンジン音が聞こえてくる、二人が帰ってきたのだろう。僕はなぜか、ほっとしていた。
翌日の昼休み、僕は一人、いつもの教室で牛乳を飲んでいた。今日はなんとなく固形物を食べる気分でなかった。しばらくすると、ここ先輩が扉を開けて入ってくる。
「お、光くんだ」
「珍しくもないでしょう」
「そーんなことないけどね?最近は小白ちゃんとりつちゃんと先に食べてたり、昨日は千尋くんもいたし!」
千尋は今日は来ていない。特に話は聞いていないが、中原くんと話でもするのか、そうでなくともバスケ部の人たちと食べていると思う。千尋なりに解決に向かおうと頑張っているらしい。それか、昨日話していた通りにバスケ部の誰かが間を取り持とうとしているのも考えられる。
「ねぇ、光くん」
「近いです、パーソナルスペースってご存じですか?」
僕の抗議を受け入れることは無く、後ろから肩をつかみながら、耳元で話しかけてくる。ここで食べる人が増えてから、距離が近くなっている気がする。僕に対してだけではなく、後輩二人、ましてや千尋にまでも少しその傾向がある。多分だけど、後輩二人にそうしているから、僕と千尋にまでそれが波及しているのだろう。
「私昨日りつちゃんから聞いちゃったんだけど、この前の土曜日、みんなで遊んだんだって?」
「遊びどころか、千尋のために勉強していただけですけど」
「あれ?りつちゃんから聞いた話だとすごく楽しそうだったんだけどな」
まぁ、りつちゃんはあの日は終始にこにこと楽しそうだったし、嘘はついてないのだろう。面倒なモードにもなったのを見ていないし、相当機嫌がよかったのだと思う。というか最近は楽しそうに話すりつちゃんしか見ていない。いいことではあるんだけど、初対面の時のインパクトと現実の乖離で違和感を覚える。
「二人でくっついて、何してるんですか?私もいいですか?いいですよね!」
「う゛っ」
いつの間に来ていたのか、りつちゃんが座ってる僕に頭から突っ込んでくる。前門の後輩、後門の先輩。おなかに来る鈍い衝撃に現実逃避をするが、先輩と後輩におもちゃにされている現状は変わらない。うれしくない。
「りつちゃん、離れようか。あとあまり男の人にみだりに接触しないようにね」
「ごめんなさい、私に触られるの、嫌でしたか……?」
「そうじゃない」
幼児か?これも全部ここ先輩が悪い。涙目で見上げてくるりつちゃんから目をそらしながら、後ろに立つここ先輩を心の中で恨む。
はやくはなれて。
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