第17話

 「しろちゃんさ、りつちゃんのこと静かな子って言って紹介しようとしてたよね」


 「まぁ、そうですね」


 「とてもそんな評価を受ける子ではないと思うんだけど」


 「同じクラスの男子に対しては静かなので、お兄様に対してもそうなると思っていたんです」




 予想外でした、と呟くしろちゃん。


 なるほど、よくあることだと思う。一緒のクラスであるだけの異性より、友人の義兄のほうが話しやすいというのも不思議なことではない。特に理由は無いけれど話しづらい相手が居たり、その逆もそうだし、些細な違いで接し方が変わったりもする。


 実際僕も、突然できた義母であるみやみやさんとの会話はうまくできない。冷蔵庫の中を確認しながら、頭の中で最近の悩みを思い浮かべる。




 「あぁ、牛乳も買ってくるよう頼んどくんだった」


 「まだ帰ってきていませんし、追加で連絡しましょうか」


 「いや、多分もう買い物終わって帰ってくる時間だろうから」




 りつちゃんにはしろちゃんに包丁を使わせないように、と注意はしたけれど、一切包丁を使わないで完成させたのには驚きだった。我が家では一応置いてあるけど、あまり食卓に並ばないパスタに、僕が普段飲む牛乳から作られたクリームソースが絡んだもの。レシピが頭に入っているのか、それとも即興で作ったのかは知らないけれど手際もよかった。


 


 「どうしようかな、コンビニ……面倒だしいいや」


 「買ってきましょうか?」


 「そんな義妹を使い走りにするようなことはできないよ」




 車の音が聞こえる。仕事から二人が帰ってきたのだろう。










 


 食卓は、不思議といつもより気が楽だった。三人の会話が重苦しく感じることもなかった、みやみやさんが話しかけてくることに対しても、幾分かマシに返答できていたと思う。


 


 「光、友達を家に呼んだのか」


 「うん、千尋としろちゃんの友達」


 「そうか、千尋くんとはまだ仲が……」


 


 父との会話も、普段より僕の言葉数が多くなっている気がする。いつもなら千尋の名前を出さずに、口の中に食べ物があることを言い訳にして頷くだけだったか、それでなくとも、うんと一言返すだけだったはずだ。


 自分のことだけど、こうなった理由を特定することはできない。僕もりつちゃんと同じで、些細な変化があって接し方が変わったのかと思う。




 「光くん、久しぶりの学校生活はどう?」


 「前より賑やかです、たまにしろちゃんとも顔を合わせますし」


 


 父と同じように接することはできないけど、敬語で話す形に落ち着いた。ずっと長いこと悩んでいた気がするけど、二人が家に来てからひと月も経っていないのだから、そのうち悩んでいたことすら忘れるだろう。




 「光くん、その呼び方……」


 「しろちゃんのことですか?」


 「私がそう呼ぶように頼んだの」


  


 いつもより少しだけ賑やかな食卓で、みやみやさんが前から気になっていたのだろうことを聞く。何でもないようにしろちゃんは答えていたけど、少しだけ目を細めているのがわかった。最近二人で話す機会が多かったから違いに気づけたのだと思う。僕も気になる話題だったから、横目で顔を見ていたというのもある。


 その場では、これ以上話題が深堀りされることは無かったが、僕と、恐らくみやみやさんは心の中に何か引っかかるものを感じていたはずだ。












 「おはよう、千尋」


 「おはよう、一昨日はよくもよくもよくも」


 「しろちゃんが僕に嘘をついてるんだけど、どうすればいいんだろう」




 思った五倍恨まれてた。でも千尋のためを思ってのことだったんだ、決してどこかに出かけるのが面倒だったというわけではない。今はそれより気を引けそうな話題を出しておこう。




 「嘘……?」


 「しろちゃんって呼び方なんだけどさ、本人が仲のいい友達がそう呼んでるからって言ってそう呼ぶことになったんだよね」


 「それがどうしたんだ?」


 「察しの悪さ全一名乗っていいよ」


 


 そう、しろちゃんはそう言って僕にあだ名を呼ばせている。しかし、りつちゃんがこの呼び方でしろちゃんを呼んだところを、僕は見ていない。気にすることではないかもしれないが、昨日の食卓で話題に出た時の二人の反応に違和感があった。


 それを伝えると、千尋は難しそうな表情と嬉しそうな表情を器用に両方浮かべていた。




 「なにその顔」


 「いや、お前に真面目な相談されるのが嬉しいって顔と、そんなのわからんって顔が混ざってる」


 「器用だね」


 「褒められても何も出ないぞ。美矢子さんに聞いてみたらどうだ?」


 「そうなんだけど、気まずいかなって」


 「なんで?」




 実のところ、なんとなく目星はついている。しかし、ここまで千尋に伝えるべきか悩むし、この悩みはこの場の雑談のネタくらいにとどめておいた方がいいのではとも思ってしまう。


 家族とはいえ、会ってひと月も経っていないのだ。




 「あ、先生来たよ。今日千尋指されるんじゃない」


 「その時は助けて」


 「次の予定も僕の家でいいならいいよ」


 「嫌だっ……唸れ俺の灰色の脳細胞っ……!」


 


 こいつが頑張って問題を解けるならわざわざ勉強を教える必要もなくなるから、僕としても頑張ってほしいところ。そもそもなんでいつも課題やってこないんだ。

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