第16話

 今日、みやみやさんと父は家に居ない。なんでも仕事が忙しくて、休日出勤しているようだ。こういうことは父は割とよくあるけど、みやみやさんもそうなのだろうか。代休をもらって、平日の昼間からお酒を嗜む父の姿は結構見覚えがあるけれど、これからはみやみやさんが居るだろうからそれも出来ないだろう。いや、案外二人で仲良く飲んでたりするのだろうか、みやみやさんのそんな姿はあまり想像できないが、父もあれで賭け事とお酒が好きだから驚くとこでもないかもしれない。




 「もうやだ」


 「千尋先輩!頑張りましょう!私がわからないところ全部教えてあげますから!」


 「年下に勉強を教えられる俺の気持ちを考えてほしい」


 


 いつの間にか、千尋の教師は僕ではなくりつちゃんになっていた。この子うんうん唸っている千尋を見てハッとするやいなや、僕の教科書を借りて読み込んで千尋に教え始めた。一科目だけだけど、それでも驚愕に値する。


 


 「にいさん、そろそろお昼ご飯にしましょうか」


 「もうそんな時間か」


 


 僕としろちゃんの会話を聞いた千尋は、教科書を脇へどけて、嬉しそうに言う。




 「よぉし休憩だな!?買い出しか?行ってくるぜ?」


 「いや、家にあるもので作るから千尋は僕が指定した数学の範囲終わらせよう」


 「うぉおおおおおおおおおおぁあああああああああ!!!!!!!!」


 「大丈夫です千尋先輩、丁寧に教えますよ!」


 「いいんですか?家にある食材使ってしまうと……」


 「夕飯に足りなくなるだろうけど、連絡したら仕事帰りに買ってきてくれるでしょ」




 珍しく来た客人に料理を振舞うくらい父は気にしないだろう。いや、僕が友達を家に呼んだという事実には驚くかもしれないが、食材など気にせず買ってくるはずだ。みやみやさんはどんな反応するかわからないけど、今まで一緒に生活をした感じ、そこまで神経質ではない、と思う。断定できないのは今でもうまく話せていないからなのだが、いい加減腹をくくるべきか。




 「しろちゃん、一人で料理は……うーん……」


 「自己申告するのも嫌ですけど、不安です」


 「だよね」




 後輩に教えられる千尋が不憫だから、教師役を変わってあげたい気持ちはある。けれどしろちゃんに一人で料理をさせるのも躊躇ってしまう。




 「お兄さん」


 


 その様子を見ていたりつちゃんが、声をかけてくる。




 「お手伝いしましょうか?是非させてください、誰かと一緒に料理してみたかったんです」


 「りつちゃん料理できるんだ」


 「えへへ、これも誰かに食べてもらったりしたかったんですけど―――」


 「それ以上はいいや、多分僕より上手な気がする」




 料理は二人に任せることにしよう。しろちゃんはあまり役に立たないかもだけど、りつちゃんに料理を教えてもらえばいい。




 「ほら、可愛い後輩の手作りのご飯まで頑張ろうね」


 「ぁぁぁ――――――――」


 「言葉を解さない化け物のふりはいいから」




 こいつどれだけ勉強嫌いなんだ。僕も運動は結構嫌いだから、その点で言えば人のことは言えないが、ここまでの拒否反応は出ないぞ。いやでも小学校のマラソン大会とかこんなだったかもしれない。


 台所の方から二人の楽しそうな声が聞こえる。こんなことは初めてだけど、賑やかなのも悪くないと思った。




 「さいんこさいんたんじぇんと」


 「それ唱えても覚えないから唱えるならせめて数字にしろ」 




 いややっぱ月1でいいかな。












 お昼を食べてから、さらに少し勉強して解散することにした。本当はもう少ししてもいい、まだ全然明るいような時間帯だったけど、千尋の集中力が持たないと判断してのことだ。




 「次の休日は絶対にお前にプランを立てさせない」


 「はいはい」


 「めっちゃアクティブなやつにしてやる」


 「それはちょっと勘弁」




 別れ際にこんなやりとりがあったけど、千尋はまだいい。僕が誘いに乗らなければいいだけだからな。問題はこっち。




 「お泊りしたいです」


 「駄目だけど?」


 「じゃあせめて日が変わるまでいます」


 「交渉下手くそか?」




 りつちゃんが帰りたがらない。予想できたことではあるけど、しろちゃんが対応するものだとばかり思っていた。




 「駄々をこねるのはいつものことですが、ここまで抵抗が激しいのは初めてです」


 「高校生が駄々をこねるのに慣れてるの?」


 「長い付き合いですし、りつは高校生なりたてですし」


 「なりたてとかそういう問題じゃないと思う」


 「いーやーでーすー!だって新しい家族ができるって小白ちゃんなかなか遊んでくれなかったんですもん!ここは兄妹揃って責任を取るべきだと思いませんか?私は思います!」


 「思わないけど」


 「いつもはそのうち面倒なモードになって帰るんですけど、今日はなかなかなりませんね」




 ちょっと思ってたけどしろちゃん結構友達の扱い雑だね、それでいいのかって思うけど、そうでもしないとりつちゃんに付き合うことなんてできないんだろう。




 「わかった、譲歩しよう」


 「日が変わるまでですか!?やったぁ!」


 「6時までね、ろくじ。家族が心配するでしょ」


 「確かに心配はされますけど、友達のおうちに泊まるって言ったらきっと泣いて喜んでくれます!」


 「りつちゃんのこれまでを考えると涙が出そうだよ」




 そのあとは短めの映画を一緒に見た。さすがに3人で見るのは無理があったし、眠れたもんじゃなかったけどりつちゃんは満足気だったし、しろちゃんもなんだかんだ楽しめてはいそうだったからよし。6時にまた同じような問答があったことは、だれもが予想できたことだろうけど、なんとか家に帰した。

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