重力系女子は重くて軽い
@tsuru_endou
第1話 制服女子が浮いている
人は地に足をつける生き物だ。
これは現実を見て生きる、とかそういうものではなく、この地球上で生存する上での、絶対的な法則という意味だ。
何故なら、地球には『重力』があるから。かつて、一つの果実の落下によって見出されたその力は、星の中心へと、あらゆる物を引っ張っていく。だから翼さえ持たない人間(ぼくたち)は、どんなに高くジャンプしても、両手をバタバタと振り回しても、地面から離れ続ける事は出来ないのだ。
ではもし、何の道具も使わず、宙に浮かんでいる人がいたとしたら?
どうして僕がそんな仮定を持ちだしたのかと言うと――今まさに、その光景が目の前に在るからだ。
濃藍の髪の少女が、落としかけた炭酸飲料のペットボトルと、後ろに停めていた自転車と共に宙に浮いていた。どう見ても彼女の足は地面を離れ、しかも徐々に上へと引っ張られている。背中に翼だったり、頭に輪っかがある訳でもない。只の制服姿の女の子が、その周辺だけ『無重力になったように』浮いていた。
それは、五秒にも満たない短い時間。すぐに彼女と浮き上がった物達は地面に落ちた。が、たったそれだけの時間でも、その光景が眼に焼き付くには充分だった。
少女は再び地面に足をつけると、ネイルに彩られた手でペットボトルを拾い上げた。
「あっぶなぁ~~! あのまま落としたらブシャッて噴き出してたし! 間に合ってよかったぁ」
彼女は安堵の息を漏らしつつ、通学鞄にペットボトルを入れる。落ちる直前で落下速度を奪われ、逆に浮かび出したそれは、彼女の足首よりやや上の位置から落下を再開した。お陰で液体に伝わる衝撃は大きく減らされ、中身が噴き出るという惨事を免れていた。
「ってか、ヤバッ! こんなトコで使っちゃった!! まぁでも、誰もいない……よね?」
彼女は慌てて後ろを――つまり、僕のいる方向を見た。
「「……あっ」」
完全に目が合ってしまった。先の光景に固まっていた僕は、指一本たりとも動けなかった。
暫く僕らは、無言で見つめ合った。目を見開いたまま固まる彼女だが、僕の表情も同じだっただろう。
「ア……アハ、アハハ……」
やがて、先に動いたのは彼女の方だった。苦笑いしつつ、自転車のスタンドを蹴り上げたかと思うと――
「……じゃあね!!」
「あっ、ちょっと!」
凄まじい速度で去っていった。僕はそんな彼女を、見送ることしか出来なかった。
「……あの人は……」
誰もいなくなった道で、僕は彼女に見覚えがあった事に気付いた。
高く結い上げた濃藍の髪、吸い込まれそうな真っ黒な瞳。僕と同じ『緑心寺高校』の制服と、人目を引く重そうなバスト。
該当するのは、一人だけ。
「四組の、真弓一果(まゆみいちか)さん……」
高校二年生の五月終わり、晴れの日の朝。
僕――遠前心太郎(とおまえしんたろう)と、重力を操る『重力系女子』真弓一果さん。これが、僕らのファーストコンタクトだった。
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