第20話 家族って言っていいか?
照
横が動いた気がして、目を開けるとそこにさっきまで寝ていた人が。
「おはよう照」
ニコッと笑ってる姿に安心する。俺も起き上がって、ごめんねって謝った。そして少し話してから、はる君がこの前観た映画の続編が出たんだと教えてくれて、2人でソファに座って見ることにした。
2時間ほどたちテレビにエンドロールが流れる頃玄関のチャイムがなり、俺らが出る前に、大きな声が聞こえる。
「こんちゃーーー!長谷川京介でーす!」
うるさ……と言うとはる君はふふと笑った。いっくんも京介を見るとパソコンを閉じた。
「あ!起きてるー!顔色いいじゃん!」
「うん、……てか音量落とせ、近所迷惑」
「照、そんなこと言ってー嬉しいくせにーぃー」
「そうだぞっ、俺を拝めたんだから嬉しいだろーぉ」
と笑いながら京介はカバンを開けてルーズリーフを出した。
「はい!今日の分の板書ね!」
「あーありがと」
それからはずーっとこいつのワンマンショーではる君は手を叩いて笑ってた。そして1時間ほどして賑やかに帰っていった。
古典のルーズリーフを見る。うちの古典の先生は独特のファッションセンス。蛍光の黄色やピンクのアイテムを来てくるような男の人。顔があっさりならまだ良かったんだけど、これは昔で言うソース顔。
【今日はシルバーのパンツにサーモンにピンクのポロシャツだった!眩しい!笑】
と赤ペンでぐるぐるに丸をつけて【テスト出る!】と聞いてあった。
「出るわけねぇだろ、」
って笑うとはる君も覗き込んで笑ってた。
【光源氏 モテ男!女ったらし!!】
と光源氏のイラストが書いてあった。反対サイドはこの登場人物のだれた…?事ある毎に書いてあるイラストに少し笑う。そのノートを見ながらはる君に教えて貰って何とか理解できた。
そんなことをしてたら親が帰ってきて俺の顔を覗き込む。そんな見てくるなよ目のやり場に困る。
「よかった。顔色良くなったね。」
安心したのか俺から離れてはる君の料理を手伝いに行った。その日の午後からはまた暖かくなったからか俺の身体は平穏だった。
次の日には学校に行ってうるさい京介に言う。
「昨日の古典のノートめっちゃ笑ったわ。最高。」
すると京介はグッと親指を立てて喜んだ。
「あの女ったらし成敗してくれるわ!」
という中二病混じりの会話にまた笑う。休む度にノートを書いてくれてその中にイラストや四コマ漫画があり実は楽しみにしてる。
「ねぇ京介、将来はイラストを書くような仕事に就くの?」
「うんそのつもり!」
「……そっか。向いてると思うよ、上手だもん。」
「やったぁ!照に褒められたぁー!」
そんな楽しそうな京介を見て心がチクッと痛んだ。
体育の時間になって暑さ的に外はしんどいから保健室に移動する。
「お、きたきた、」
「体育そこでみるね。」
「おう、どうぞー」
今日もイケメンの清水先生の近くに座り外を眺めた。
「今日はサッカーだって。運動音痴の京介を見るの楽しみだなー」
「あいつも頑張ってんだからそんなこと言ってやるなよ」
とケラケラ笑ってる先生もだいぶ悪いよ。
楽しそうにはしゃいでいるみんなの姿を見て、また胸がチクリと痛む。先生がプリントをめくる音を聴きながら運動場を見たまま、
「……京介、将来はイラストを書く仕事に就きたいんだって。」
「あー、上手だもんな」
「……うん。すごいよなー。夢があって。」
「照は?将来どんなことをしたいの?」
したい事。したい事ねぇ……。
「……なんも無いよ。」
「……」
将来のことなんて、考えてどうなんの?そう長くないだろう俺の人生。頑張ろう、きっと良くなる、そんなことばっか周りに言われてもわかるよ。手術は良くなるためにするものじゃない、とにかく今を凌ぐためにするもの。なんの確約もされていないドナーを待つだけの日々。応急処置でツギハギされたこの身体。いつかツギハギする場所も無くなるだろうから。俺はその時までみんなに迷惑かけずに過ごしたい。
小さい時からずっと親を独り占めしてきた。でも1度もはる君は俺の方を見てよとか寂しいよ、と言ったことは無かった。むしろ親やいっくんも、わがまま言っていいよ?どこか行きたいところない?ってよく言ってたから俺が家に居なくても言わないんだと思う。
「沢山本を買ってもらったから大丈夫!」ずっとそんなことばかり聞いてきた。
はる君が変わってしまったあの日は長い退院からやっと帰ってこれた次の朝だった。珍しく起きてこないはる君を心配して呼びに行くと、何やら慌ただしい声が聞こえた。いっくんにここにいて、そう言われたけど心配だった俺はこっそりと近づいて耳を傾けた。
はる君は荒々しく呼吸しながら泣き叫ぶように何かを言っていて内容を拾う事は大変だったけど、ずっと聞こえてきたのはママを殺したのは自分だったということ。あの時の俺はママは元々俺と同じ病気を持ってて、俺と似たような生活を送ってたってこと。それが原因で俺を産んで直ぐに亡くなったということだけ。それを聞いた時は自分の誕生日がママの命日だと気付き複雑だった。
「ママは照に会えることを楽しみにしてたんだ。エコーをずっと見て、照に音楽を聞かせてあげるってずっとCDをデッキで流してたんだよ。」
って聞いたけど、空想でしかないママは俺にとって不明瞭でそうなんだって言う程度だった。
なんかのビデオを見たはるくんは何度も謝った。
「……はるが、生まれたから……っ、産まれちゃったから……っ、また悪くなったんだよね……っ?……はるが、、1人寂しいって言ったから……、兄弟が欲しいって言ったから……っ、」
「違う、確かに陽翔が兄弟が欲しいって言ってたけど、パパもママも照に会いたくて望んだんだよ?でも、ママの身体がもう最後だめだーっていってたんだけど、照に会いたい!ってすっごい頑張って照が産まれたの。パパは頑張ったママを尊敬するよ?」
「ママはずっと……っ、苦しくて……痛くて……っ、だからその中にいる照も……っ、ずっと苦しい思いしてたんだよね……っ?だから……照はずっと今も苦しい思いしてるの……?お腹の中にいた時に……沢山空気が吸えなかったから、病気になっちゃったの……?」
「陽翔、だから聞いて、ママは、」
「はるが……っ、、兄弟がほしいって言わなかったら……っ、照も違う家族のところに生まれて……苦しい思いせずに……生活できてた……?ママが亡くなって……っ、パパも寂しい思いせずに済んだんだよね……っ、?
みんなに……父子家庭だからって……いやなこと……言われなくて済んだっ、、しごとも……がんばらなくて……すんだのに……っ!」
「はる!!もうやめろ!」
「ごめんなさいっ!!はるが……!!はるが、皆を不幸にした……っ!!」
俺はそれを聞いてリビングに戻り、そしてテレビの音を上げた。
「……照、聞いてた……?」
いっくんが俺に聞いてきたけど、知らないフリしたんだ。
「テレビばっか見てた」
「そっか……。はるさ、ちょっとしんどいみたいで休むけど照はどうする?」
「……俺は行くよ。用意してくるね。」
身支度を終え誰もいないリビングに向かって、小さな声で行ってきますと言って外に出た。
「……グスッ……グスッ……はるくん……っ、ごめん……っ、」
……優しい兄だった。親がいなくても咳き込む俺の身体を支えて抱きしめてくれた。しんどくて薬が持てなくても、
「お兄ちゃんが支えてあげる、照は何も考えなくていいよ?苦しいのはすぐ無くなっていくから。離れないからね?」
そんな耳から入った言葉は優しくて溶けて染み渡るんだ。突然来る攻撃に毎日怯えて発作中はどうすればいいかわかんなくて、痛いって横向きたくてもみんなに抑えられて気付けば意識がなくなってる。
代わり映えないそんな毎日に涙が止まらなくなっても横にいてくれたはる君は、なんでも聞くよ?辛いこと教えて?って言ってくれた。「怖いんだ。」漠然とした気持ちを投げかけ、「皆に次こそは会えなくなるんじゃないかってこわいんだ」ってどうしようも無い事を投げつけても、「大丈夫、会える。ずっと手を握って待ってるよ」って笑ってくれた。頑張った後は一緒に横になって寝てくれて、感じる温かさが落ち着かせてくれた。
ガラスのグラスが落ちて粉々になるように、あの日はる君は壊れてしまった。
人を泣かせることしか能のない俺に皆を安心させれる未来なんて待ってないよ。将来を語っても、叶うか叶わないかじゃなくて生きてるか生きてないかで、もうすぐ来る寒い季節を乗り切るか乗り切れないかが毎年勝負なんだ。
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